第一章:LABYRINTH

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「完全に行き止まりか」  並ぶ店舗の間には、それぞれ狭い通路が伸びている。だが、行く先はどれも真っ平ら。コンクリートの上から大理石風の壁紙を貼っただけの壁だ。  やはり、どこも外に繋がっていない。壁を叩くも、空洞や仕掛けはなさそうだ。 「でも、それっておかしくないかな?」 「そうね。外と行き来する道がないなら、私達は一体どこからこの場所に……」  逃走防止でだだっ広い密室に閉じ込めた。  では、その方法とは何か。  一番あり得るのは、 「あの扉からだよな」  椅子の部屋に設置された門だろう。  観音開きのぶ厚い鋼鉄製。大の大人二人がかりでも微動だにしない頑丈さ。恐らく外側から鍵をかけられている。あの門からこちら側、デスゲームの会場に運ばれたと考えるのが妥当だろう。 「門だけが唯一の脱出口。でも開けるには、文章通りにする必要がある」  “六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”  つまり、六人座って一人が脱出、というのがルール。主催者達が用意したクリア条件だ。  推測だが、六脚の椅子全てに座ると、扉が開く仕掛けがあるのだろう。床に埋まった部分に、座ったか否か判別するセンサーがあるのかもしれない。  しかし、あの椅子は危険だ。試しに座るべきではない。 「門だけが答えじゃない。他にも脱出の方法があるって信じたいよ」  早合点はよくないだろう。絶望からの視野狭窄(しやきょうさく)、そしていがみ合いへ発展。それこそ主催者側の思惑かもしれない。  幸い、タイムリミットは存在しない。  まずはじっくり情報収集をする。諦観と内輪もめは絶対に避けなければ。 「次は店舗を見てみよう」  狭い道を引き返し、店舗を連ねる広い通路へ出る。中央の部屋が巨大な柱のように天井と床を繋げており、丁度向こう側が死角になっている。一度に全ての店舗を見渡せないのが不便だ。異常事態が起きても、すぐに気付けないだろう。監視カメラはそこここにあるが、警備員が来るとも思えない。  ひとまず、それぞれの店を確認してみよう。  安路と恵流は通路に沿って外観を見て回る。 「ぱっと見、知らない店ばかりね」 「それ以上に、名前がおかしい気がするんだ」  恵流の報告通り施設内には六店舗、業種としてはごくありふれたもの。  しかし、それらの店名に違和感を覚えてしまう。  書店――書天堂(しょてんどう)。  衣料品店――Gene Do(ジーン ドゥ)。  ゲームセンター――シュラ・La()・ランド。  ペットショップ――犬猫畜生(いぬねこちくしょう)。  フードコート――ガキメシ広場(ひろば)。  歯科医院――ヘルノデンタルクリニック。  特にペットショップとフードコートの名前が妙だ。動物愛護が第一の店が畜生、ファミリー層が利用する場所に子供の蔑称(べっしょう)。おかしな名付け方だ。  あり得ない間取りといい、新装開店で人の気配がないことといい、店舗の外観すら主催者オリジナル。大道具係が凝り性なのだろうか。 「デザインを一から作ったとすると、内装も行き届いてそうだな」  手始めに、書店から探索する。  入り口に扉はなく、ノンステップで出入り自由。踏み入れた瞬間、新品の紙の臭いがふわりと漂ってくる。規模は小さいが品揃え豊富、所狭しと書籍が棚を彩っていた。  入ってすぐ、本の表紙が目に飛び込んできた。新刊本の平積みコーナーだ。漫画や新書、雑誌など様々な書物が置かれている。店員イチオシの本にはポップもある。デスゲーム会場で何の意味があるのか。作り込みが異常である。  奥に進むと本棚が等間隔()つ平行に並んでいる。こちらも未使用で新品同様のコンディションだ。  思い起こされるのは、同じ病院に入院する患者仲間。読書好きな老人だ。彼とはよく話し、私物の本をよく読ませてもらった。ここの蔵書をプレゼントしてあげたくなる。デスゲームの備品も、人のため有効活用した方が本望かもしれない。   「そうか、その時に読んだのか」  瞬間、脳内にバチッと火花が散った。  パズルのピースがはまるような快感。  手錠に吊り下がるフィギュア。参加者にあてがわれた生物の組み合わせに感じた既視感の答え。  それは、入院生活中に読んだ、彼の本にあった。  当時の記憶を頼りに本棚の間を潜っていく。患者仲間の本は古く、既に絶版の可能性が高い。だが、類似した本があるかもしれない。安路は案内表示に従い目当てのコーナー、宗教やスピリチュアル分野を扱う区画を訪れた。  想定通り、ドンピシャリの本はない。しかし、同種の本はあった。  入手したのは“七つの大罪”に関する書籍。加えて“六道(りくどう)”や“呪術”の書籍も本棚から引き抜く。  予想が正しければ、これらもデスゲームに絡んでいる要素のはずだ。 「他に役立つ物は……」  分厚い資料を三冊抱えた安路は、ついでに周囲の棚を眺めていく。わざわざ相当量の蔵書を用意したのだ、デスゲームのヒントがあっても不思議ではない。  情報を逃すものか。と、目を皿のようにして見回していると、ある一冊の新書が目にとまった。店員もとい主催者自作のポップで「オススメ」と紹介されている。 「この顔、それにこの名前って」  安路は無意識に頭を()いてしまう。  表紙は題名だけの簡素なデザイン。テーマも大して気にならない。  だが、目を引いたのはその帯だ。著者の写真とキャッチフレーズが極彩色で記されている。  見覚えのある顔、そして名前がそこにあった。 「恵流さん、ちょっと来て――って」  彼女にも知らせようと後ろを向くと、そこには誰もいない。書籍探しに夢中で置き去りにしてしまったのだ。  どこにいるかと思えば、恵流はまだ新刊本コーナーにいる。ずっと一冊の本を読んでいたらしい。 「おーい、恵流さーん」 「え、何かしら?」  名前を呼ぶと今度は気付いた様子。はっと顔を上げ、恵流は本を閉じる。 「この本を見てもらいたいんだけど」 「ちょっと待っていなさい。すぐに行くから」  恵流も気になる本があるのだろう。あまり急かすのも良くない。安路は視線を新書に移し、ざっと目を通すことにした。  一方、恵流は新刊本コーナーでがさごそと、制服の下に何かを隠していた。しかし、読書に集中していた安路は気付かないまま。脱出のヒントを探すのに余念がなかった。
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