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玲美亜は嘘をついていた。
“六名の罪を悔い改めし者が座する時、残されし最後の者が光を臨める”
モニターに映し出された一文から、集められた者は全員罪人なのでは、という疑いが浮上した時。必死に否定する安路の側につき、玲美亜は「自分にも覚えがない」と弁解した。
しかし、それは真っ赤な嘘だった。
「何よ、何よ、何よ。あんな軽薄そうな男が、なんで家庭なんか持っているのよ!」
ペットショップを覗いてみれば、そこには金属バットを手にした守。てっきり襲われるかと、反射的に悲鳴を上げてしまった。
それに関しては気にしない。叫んだ迂闊な自分にも落ち度はある。しかし、問題なのはその後の言葉。
守は「娘がいる」と言った。
信じられなかった。粗暴で知能が低い底辺男性が、幸せな家庭を築いている。その事実を認めたくなかった。
「私だって……!」
持たざる者の嫉妬ではない。
玲美亜にも、愛する夫と一人娘がいた。幸せに満ち溢れていた家庭があった。
あった。そう、過去形だ。
彼女には離婚歴がある。俗な言い方ならバツイチ。現在は孤独な中年女性だ。
その原因こそ、玲美亜が自覚している罪。嘘で誤魔化した背負いし十字架。
自分の娘を死なせてしまったことである。
ゲームセンターを素通りし、衣料品店“Gene Do”に駆け込む。
誰にも会いたくない、見られたくない。
試着室に潜るとカーテンを閉め、膝を抱えて胎児のように縮こまった。
鏡に映る自分はみすぼらしい。目つきは悪く、体はげっそりと貧相。洒落っ気のない服を身に纏うただの年増だ。
自身の現状を直視したくない。玲美亜はそっと壁へと目を逸らす。
「どうして、どうしてなの」
真面目一辺倒に生きてきた。
勉強、就職、結婚。順当に経験すれば必ず幸せになれる。親族からの「早く孫を見せろ」という重圧にも応えた。
それなのに、自分が幸せになれないなんておかしい。
我が子を失い、不幸のどん底に落ちるなんて、話が違うではないか。
娘は事故死だった。
灰色の青春時代を過ごした自分が、漸く手に入れた人生の輝き。しかしそれは、砂上の楼閣の如く崩れ去った。
辛くて苦しいばかりの子育てをこなした。良い母親であろうと血反吐が出る思いで努力した。
それなのに、事故を機に周囲はあっさり掌返し。「母親のくせに何をしていた」と罵倒と叱責の日々。ろくに子育て支援をしなかったくせに、いざ失敗すれば途端に都合良く責め立ててくる。自分達の非は認めず、母親だけを狙い撃ちだ。子育ては母親の仕事、責任は全てそこに帰結する。そんな時代遅れの常識が蔓延しているせいなのだ。
ともかく、娘の死を機に全てを失ってしまった。
それなのに、どうして。
「あんな奴が……!」
幸せな家庭を築いたという事実が許せない。
守のような、何不自由なくおちゃらけて、後先考えず好き勝手した人間が。何故、自分にないものをたくさん持っているのだ。
真面目だけが取り柄。学生時代は勉強漬け。将来のために青春をかなぐり捨てた。
その結果が、娘の事故死と苛烈なバッシングとは何の冗談か。
不公平。
努力が報われない、真面目な人間が損をする世の中は間違っている。
玲美亜は唇を強く嚙み締めた。
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