43人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
PROLOGUE
鉄錆と肥だめを煮詰めたような悪臭が鼻を突く。
冷たいコンクリートの壁が四方を囲む部屋の中、くず鉄を寄せ集めて組み立てたらしい椅子が六つ、静かに行儀良く並んでいる。隙間だらけのはずなのに、監獄の鉄檻のように堅牢。各所から突き出た螺子や錆びた鉄の板は、処刑道具を彷彿とさせる。
無骨で不気味な椅子だ。
そこに座らされているのは死体、死体、死体。
つい先程まで生きていたはずのそれらは、物言わぬ肉の塊と化し鎮座している。温もりを失い硬直を始めた死体達は、金属製のベルトで無理矢理椅子に固定されていた。
一つは後頭部がひしゃげており、口から血の泡を漏らしている。
一つは判別がつかないほど顔面が凹み、手足はあらぬ方向へ曲がっている。
一つは腹を切り裂き耕され、開いた傷口からぬらりと臓器がはみ出している。
地獄がこの世にあるとしたら、きっとこんな様相なのだろう。
惨たらしい光景が目の前を真っ赤に支配していた。
どうして、こんなことに。
自分は何を間違ってしまったのだろう。
全員の力を合わせて協力し、閉ざされた空間から抜け出そうとした。
散らばる謎を集めて組み合わせ、短絡的な誘惑に負けなければ、必ず無事に帰ることが出来ると思っていた。
人として正しく。
諦めずにいれば、きっと道は切り開けるはずだ。
そのはずだったのに。
淡く純真な願いは、狂気と惨劇を前にして瓦解する。
指先が小刻みに震えている。
奥歯が噛み合わず、ガチガチと不快な音を鳴らしている。
悔しい、不甲斐ない、自分の非力さが憎い。
絶望。
誰も救えぬ無力感に苛まれる。
否。それだけではない。
込み上げてくるこの感情は恐怖。
絶対的な悪意と対峙して生まれた、本能的な忌避感だ。
死が怖い。
殺されてしまう。
惨劇の会場に佇む者、それに怯えているのだ。
それの暴走が止まらぬ限り、助かる道はない。
未来など永久に訪れない。
今も眼前で、新たなる死体が生まれようとしている。
白銀の刃が命の鼓動を貫こうとしている。
止めなくては。
凶行を許してはならない。
これ以上犠牲者を出してたまるか。もう誰にも死んでほしくないのだ。
非力な自分に何が出来る。
死の連鎖を前に、為す術のない者に何が出来るというのだ。
それでも黙っていられない。
見過ごす選択肢はあり得ない。
己の胸中で渦巻く正義の心が許さない。
全身を支配する恐怖を振り払う。
尚も込み上げる恐れを無理矢理押し込める。
前に進むのだ。
一歩踏み出して、悪に立ち向かう。
それだけが、今の自分に出来る唯一のことなのだから。
最初のコメントを投稿しよう!