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── 綺麗だね
── 綺麗な顔
何度も何度も頭の中で繰り返される。
ぽんぽんとされた頬に、京坂さんの指の感触がまだ残っている。
なんだろう、どうしてだろう、考えても答えが出ない。
あ、お昼ご飯を買っていかないと…… 目に入ったコンビニに入る。
京坂さんから頂いた同じクリームパンが並んでいる、でも全然違って見えた、頂いたパンは間違いなく輝いていた。
駄目だ、顔がニヤけてしまう。
「おはようございます、桜永先生」
校門をくぐった所で、同じ新任の先生に声を掛けられた。二年生の副担任と英語を受け持つ小島先生。
「おはようございます!小島先生。先生も早いですね」
「先生って呼ばれるのは、まだ恥ずかしいです」
「同じです!」
二人で笑いながら校舎へ向かった。
やはり心強い、同じ新社会人、新任の先生がいてくれるのは、と思って口元が綻んだ。
「この学校は部活動も盛んで活気がありますね」
校舎へ向かう途中の校庭を見ながら、小島先生が目を細めて言う。
「そうですね」
「桜永先生は、学生時代に何かスポーツしてましたか?」
「ええ…… バドミントンを少し…… 」
「へぇっ!かっこいいなぁ! 」
驚かれた顔をされて、恥ずかしい。
特別に強くもなかったし、ただ、やっていただけ、みたいな感じだったから。
「モテたでしょう? 」
「え? いや、そんな、別に…… 」
否定はしたけれど、何度か告白はされたのを思い出す。
汗を掻くと髪の毛がくるくるになってはいたが…… コンプレックスも思い出した。
それでも特に心を惹かれる異性もいなかったし、未だに彼女いない歴はこの世に生を受けてから更新し続けている。
そう、誰とも付き合ったことがない。
と言うか、興味がなかった。
「小島先生は何かされてたんですか? 」
「僕ですか? 僕は何も…… 桜永先生みたいに『バドミントンやってました』とか言ってみたかったです」
なんて笑いながらの小島先生が続ける。
「桜永先生はきっと女子生徒にモテるでしょうね〜」
羨ましそうな声を出されて、なんて応えていいのか分からなかった。
そんなこと、そんなわけないですよ、って言えばいい?
実際、小中高大学と、もれなく告白をされたことはあるしな、なんて考えていたら、
「その紙袋、なんですか? 」
もう、次の話題に変わっていて、「モテる」ことを肯定したみたいになってしまった。
「お昼ごはんです」
「…… 夕飯も買ってきたんですか? 」
「え? お昼の分だけですが」
「量、すごくないですか? 」
そうか、俺は人より少しばかり大食いだった。
体は細身なのに、どこにそれだけの物が入るんだと、よく感心されていた。
「こんなに食べるんですか? 」
隣に座る一組の担任の先生が目を丸くしている。
焼肉弁当におにぎり三つ、野菜サラダとカップ麺、2リットル入りのお茶、それに京坂さんから頂いたクリームパンを机に並べた。
多いかな…… これでも気持ち少なくしたんだけどな。
隣の先生に、「はい」と笑顔で答えた。
昨日はパンと飲み物、それに京坂さんから頂いたクッキー、よく帰りまで倒れなかったと自分で不思議なくらいに少なかった。
クリームパンを食べるのが勿体なくて、足りたら食べずに持って帰ろう、家でまたクリームパンを眺めるんだ、そんな風に思ったけれど、やっぱり足りない。
食べ終えたものを片付け、クリームパンだけを机に真ん中に置いて手を合わせた。
(いただきます)
心の中で呟いて、頭を下げた。
美味しい…… よく見る大手パンメーカーのクリームパン。子どもの頃から馴染みのある、よく食べたクリームパンだったけど全然違う、京坂さんから頂いたクリームパンは違うものに変身していた。
京坂さんに何かお返しがしたい、それにそれでまた話す機会ができる、そう思って帰り道、浮かれてコンビニへ寄る。
何がいいのかさっぱり分からない、思案に暮れる。
店の棚を端から端までまじまじと眺めたが、どうにも決められない。
大層なものでは却っておかしい、ちょっとしたもの…… ああ、余計に難しい。
「羊羹、美味しかった」って言ってくれていた、甘いものが好きなのかな?
ちらりと目を遣ると、レジ前にどら焼きが並んでいて「美味しそうだ!」俺が食いついた。
夕飯と一緒にレジ前のどら焼きを五個手に取って会計に並んだ。
このどら焼きをお渡ししよう、そう思ってすぐに取れるように一個は玄関の下駄箱の上に置いたけれど、何か嫌だな、そう思ってやはりキッチンのカウンターへ置いた。
また明日の朝、会えるかな?
会えなかったら?
夜にでも持って行こうか、いや、どら焼き一個を?
ああ、どうすればいいのか悩んでしまう。
テレビを見ながら買ってきた夕飯を食べ終わり、楽しみにしていたどら焼きを食べた。
美味しい!信じられない位に美味しい、あっという間に三個食べてしまい一個は京坂さんにお渡しする分だから、残り一個になってしまった。
しゅん、となる。
また明日買いに行こう、そう思って風呂の支度をした。
その時、カチャッと音がした。
京坂さんが帰ってきた!
「お…… 桜永さん…… 」
ドタバタとして玄関の扉を開け、突然に現れた俺にかなり驚いているようだったけど、そんな顔だってかっこいい。
「おかえりなさいっ!」
玄関のドアを押さえたままで、弾んだ声で言ってしまう。
「ただいま」
それでも柔らかい笑顔で返してくれて、次の瞬間、俺の顔が真っ赤になる。
「おかえりなさい」に「ただいま」って……
一緒に暮らしてるみたいだ、ああ、どうしよう胸が苦しい。
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