二話 それぞれの連休前夜

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二話 それぞれの連休前夜

 二話 それぞれの連休前夜  真は自転車のペダルを力強く踏み、帰路にある最後の坂道を登る。坂道を登りきった真の顔に心地良い風が通り過ぎた。  先程よりもだいぶ軽くなったペダルを踏んで加速していると、自宅の前に白い軽トラックが停まっているのが見えた。  自宅へ近付くと、聞き覚えのある声といつもより高い声で話す母の声が聞こえてきた。 「お、真の坊主じゃねぇか」  ランニングシャツを着てジーパンを履いた年配の男が真に気が付き、手を振りながら声をかけた。 「源ジィ、久しぶり」  真の家の玄関先にいたのは幽子の祖父の草薙源(くさなぎ げん)。幽子も真も彼のことを源ジィと呼んでいた。 「ちょっと真! ちゃんと挨拶なさいッ!」  母が慌てて注意をするが源ジィは気にした様子も見せずに笑顔になった。 「ガハハ、良いんだよコレで。なぁッ!」  源ジィは自転車を降りて近くに歩み寄った真の肩をバシバシと強く叩いた。  源ジィはあまり手加減というものを知らない。痛みを堪えるように真は歯を食いしばった。 「明日から頼むぞ」 「イテテ、明日からって蛇ノ目神社の掃除のことだよね?」 「あぁそうだ」 「掃除ってこと以外あんまり詳しく聞いてないんだけど、具体的に何をすれば良いの?」  源ジィは「なんだ、幽子は何も説明してねぇのか」と呟いてから話を始めた。 「あそこは心霊スポットだかパワースポットだか知らんが頭の悪い連中がしょっちゅう来ては散らかして帰るんだ。缶だのペットボトルだの吸い殻だの、とにかく何でもだ。それらをある程度分別しながら回収してくれ。袋とか軍手とか籠は神社の物置に入れておいた。物置に草刈り機も入っちゃいるが、子供だけだと危ないから触るな。余裕があったら手刈りの鎌で通路だけやってくれりゃあそれで良い。草刈りは後で俺がやる。当日分からんことがあったら幽子に聞け」 「うん、分かった。でも草刈りってしんどいんじゃないの? 源ジィだけで大丈夫なの?」  真の言葉に源ジィはガハハと笑って真の肩を再び叩いた。 「なぁに言ってんだ。俺はまだ現役バリバリよ。ロクに草刈りしたことない奴に心配されるような男じゃねぇよ」  ガハハと大きく口を開けて源ジィは笑った。  笑いながら何かを思い出したのか、源ジィは軽トラックの助手席にあるビニール袋を手に取った。 「おっとっと、忘れるところだった。コレを渡しておかないと」  源ジィは真の母と真の間を遮るように立つと、ビニール袋から一本の小瓶を手渡した。 「何これ」  源ジィがニタリと笑った。真の経験上、源ジィがロクでもない事を言う時はいつもこの顔をしていた。 「幽子と果南の二人も相手するんだ。据え膳食わぬは男の恥だぞ」  渡された小瓶には『ギンギンMAXパワードリンク』と書かれていた。 「何? どういうこと? 栄養ドリンク?」 「バァカ、精力剤だよ」 「え?」 「とりあえず隠しとけ。母ちゃんにバレたら怒られるだろ?」 「ちょ、こんなの貰っても」  真が源ジィに小瓶を返そうとするが、源ジィは頑なに受け取らなかった。 「俺はそんなの無くても年中元気ビンビンだからな。ガーハッハッハッハッ!」  源ジィは小瓶を持った真の手を無理やりポケットに突っ込ませるとゲラゲラと笑った。 「何の話をしているのですか?」  真の母の問いに源ジィは笑いながら振り返った。 「なぁに、他愛のない話さ」 「そうなんですか?」 「あぁ、そうだよな? 真」 「え、うん」  母はイマイチ理解していないようだったが、客人を前にして息子にとやかく突っ込むようなことはしなかった。 「じゃあそろそろお暇させてもらおうかな。バイト代も出すんだ。しっかりやれよ」 「うん、分かった」  源ジィは真の目を見てニカッと笑った。 「バイト代のことですけど、さっきも言った通りウチの息子には払わなくて良いです」  母のその言葉に、笑っていた源ジィの表情が真面目な表情に切り替わった。 「それは間違っている」 「え?」 「金を貰うから汗水垂らして真剣に仕事をするんだ。金の払われない仕事に真剣に取り組む奴はいない」 「でも」 「それにもう高校生だ。そんな心配するようなことはない。季節外れのお年玉みてぇなもんだ」 「はぁ、そういうことでしたら」  そこまで言われると断るのも失礼だと思ったのか、真の母はバイト代の件を了承したようだった。  真としては何としても了承して貰わなくてはいけない最重要課題でもあった。  源ジィは真の母に笑顔を向けてから軽トラックへと乗り込んだ。 「明日は早いし夜も忙しいんだ。しっかり英気を養っておけよ。ガッハッハッ!」  源ジィは笑いながらエンジンをかけると、少しふかし気味にガタガタと音を立てながらクラッチを繋いで発進した。  軽トラックの荷台に載っていた農具がガチャガチャと揺れる。  軽トラックが見えなくなるまで見送った後に、真の母はいつもの声の高さで真に話しかけた。 「幽子ちゃんのお爺さんに最後に会ったのはお正月だったかしら。相変わらず元気ねぇ」 「そうだね」 「明日は朝早いんだって? 早く準備しなさいよ」 「うん」  真はいつもの位置に自転車を停めると母と一緒に家の中に入った。  数時間後。  真は夕食を食べながらテレビを見ていた。特に理由もなく見ている地方番組では、明日からのゴールデンウィークのオススメスポットについて紹介していた。 『やはり最後に紹介するのはココ! 鳴間市で開かれる鳴間祭です。星ノ浜海浜公園では朝から巨大な蛇の凧が上げられる予定です。去年の映像をご覧ください』  画面が切り替わり、法被を着た男達が掛け声に合わせて太くて大きなロープを引っ張っていた。  そのロープの先には、白くて大きな蛇の頭と、無数の凧が連結されて出来た蛇の長い体があった。 『いくつもの凧が連なって出来る巨大な蛇の凧は全長百五十メートルもあるそうです。鳴間市の名前の由来にもなっている鳴間川は、かつて巨大な白蛇の神様が這って出来たという言い伝えがあります。白蛇の神様を模したこの凧が空を舞うことで、鳴間市及び日本中の皆さんの健康を守ってくださるとのことです』  もう一度画面が切り替わると、白く巨大な蛇の凧が青い空を優雅に泳いでいた。 『巨大な蛇の凧が見られるのは明日と明後日だけなので、是非とも星ノ浜海浜公園に足を運んでみてください。明日と明後日は海浜公園にて様々な出店も並びます。特にオススメなのが』 「真、明日は何時に出るの?」  帰りの遅い父の分を取り分けてラップで包んだ母が食卓へと座りながら聞いた。 「七時ちょっと前かな」 「随分早いのね」  母は手を合わせてから箸を手に取りおかずを皿に移した。 「本数が少ないから朝早いのか昼近くの二択なんだよね」 「確かに近くに観光名所があるわけでも沢山人が住んでるわけでもないものねぇ。それで、明日の準備は終わったの?」 「着替えは準備したけどタオルが何処にあるのか分かんなくて」  真の言葉に母は不愉快そうな顔をした。 「タオル? 洗濯機のある部屋の棚に入ってるでしょ」 「そうだっけ?」  自分で整頓していれば場所が分かるものだが、他人が整頓すると場所が分からなくなる。  だが、母からすればいつもの場所にしまっているわけで、父といい息子といい事ある毎に「あれは何処?」だの「無かったっけ?」と言われるのが心底嫌だった。 「そうよ」  少しだけ荒い声で母が返事をした。 「分かった。後で見てみる」 「忘れ物ないようにね」 「うん」 「着替えは余分に持っていきなさいよ。汚れるかもしれないから」 「うん」 「ハンカチとティッシュも持っていきなさいよ」  また始まった、と真は思った。母にとってはいつまでも子供なのかもしれないが、高校生にもなって遠足前の小学生のような事を言われるのは気分の良いものではなかった。 「大丈夫だって」  少し面倒くさそうに返事をした息子に母はムッとした。 「そういうこと言って! それでいつも何か忘れて行くでしょアンタは」 「いつもじゃないよ」 「屁理屈言わない」 「はいはい」 「『はい』は一回」 「はーい」  真は全て食べ終わると「ご馳走様でした」と言って食器を流しへと運んだ。レバーを引いて流しに置いた食器に水を溜める。 「明日は五時半ぐらいに起きるから」 「あら、そうなの? だったら炊飯器の設定時間変えといて」 「どうやって変えるの?」 「設定ってところ押すと時間が出るから好きな時間に変更すればそれで終わり」 「へぇ」  真は一度手を洗ってから炊飯器を確認する。いくつものボタンが並んでいる中に『設定』と書かれたボタンがあった。 「これかな」  真はそのまま炊飯器の設定をし直した。  同じ頃、幽子は源ジィと二人でちゃぶ台を囲んで夕食を食べていた。ちゃぶ台横にあるブラウン管テレビは野球の試合を映し出していた。 『打ったぁ! 打球はショートの正面、おっと抜けたぁッッッ!! 三塁の月野が走り出すッ! 間に合うかッ!? いや、間に合わないッ! 月野が今ホームインッ!』 「だぁッッッ!! 何やってんだ。あんなん中学生でも捕れるだろ」  源ジィは腹いせにたくあんを一度に三枚程取って口に放り込み、ポリボリと音を立てた。 「そうやってすぐに漬物食べてると塩分過多になっちゃうよ」  幽子は箸を止めて源ジィに向かって呟いた。 「ならんならん。今の漬物は薄いからな。俺が子供の頃は幽子が腰抜かす程塩辛かったんだからな。俺はああいうのが食いてぇんだよ」  幽子はたくあんを一枚取ると、少しだけ齧って残りは白ご飯の上に乗せた。  自家製のたくあんは市販の物よりもしょっぱいのだが、それ以上だと言うのだろうか。それとも美化された思い出がそう思わせているだけなのか。  源ジィの言うような塩辛い漬物を食べたことがない幽子には知る由もなかった。 「もっとしょっぱいの作っても良いけど、源ジィしか食べられなくなっちゃうからダメ」 「だったら皆のとは別に俺用のを作ってくれ」 「えぇ、面倒」 「漬けるだけだろ?」 「じゃあ源ジィがやってよ」  源ジィは露骨に嫌そうな顔をする。 「面倒」 「私も」 「じゃあ、しょうがねぇな。おっ、おいおい打たれてんぞ」  源ジィは再び試合の様子に釘付けになっている。 『おっと、ライト正面に打ち上げたぞ。ライトがしっかりキャッチしてスリーアウト。失点は一点に抑えられましたね』 「けっ。さっきのすっぽ抜けが無きゃ零点だったってのに」  野球にそこまで興味のない幽子はたくあんと一緒に残りのご飯を頬張った。よく噛んで呑み込んでから最後に味噌汁を啜った。  食べ終わった幽子は、一度手を合わせてから自分の食器を重ね始めた。 「源ジィ、お皿片付けるよ」 「小皿と箸だけ置いといて。後はいらん」 「はいはい」  幽子は源ジィの分の食器も自分の食器に重ねて立ち上がった。 「ねぇ」  幽子は立ち上がってから源ジィに話しかけた。 「あぁ?」 「蛇ノ目神社に持って行った方が良い物ある?」  源ジィは顎を擦りながら少し考えてから口を開いた。 「持って行った方が良い物? ゴムとか? いらんか。さっさと既成事実を作った方が真の坊主に逃げられないからな。ガハハハ」  下ネタをスルーして幽子は真面目な表情で答える。 「真面目な話」  幽子の表情に気が付いた源ジィは笑うのを止めた。 「あそこはウチより強力な聖域だ。だから”持って行かなくちゃいけない物”よりも”持って行っちゃいけない物”の方が多い」 「持って行っちゃいけない物?」  源ジィはテレビに背を向けると幽子に一度座るように指示をした。幽子は言われるがままに持っていた食器をちゃぶ台に置いてから座った。 「蛇ノ目神社は何を祀っている?」 「蛇神様」  幽子は即答した。それぐらいのことはこの地域に住む人のほとんどが知っている。 「間違っちゃないが不正確だな。蛇神様の名前は?」 「えっと、鳴萬我駄羅(ナルマンガダラ)」  源ジィは徳利(とっくり)を傾けてお猪口に酒を注いだ。お猪口から溢れるギリギリのところで徳利を垂直に立てた。 「そう、鳴萬我駄羅。黄色い眼をした白い大蛇。不死の薬を求めて蓬莱山を目指した、と言われているな」  源ジィは零さないようにお猪口を口に運ぶと一気に飲み干した。 「それが、どうしたの?」 「蛇と関わりのありそうな物、ウチには何がある?」  草薙神社に祀られているモノ。それしか幽子には思いつかなかった。 「蛇絶(へびだち)の剣。蛇絶の小太刀もかな」 「あぁそうだ。後は分かるだろ?」  幽子はしばらく考えたがピンと来なかった。 「『後は分かるだろ?』って言われても分かんないよ。大昔に鳴萬我駄羅がこの辺りの人々を襲ったから、草薙様が蛇絶の剣で鳴萬我駄羅を懲らしめたって話しか知らないし」  源ジィは呆れた顔をした。 「それならほぼ分かっているようなもんだろ。何故分からない? 草薙様は俺達の御先祖様。ということは?」 「敵対関係にあるってこと?」  欲しい答えと違ったせいなのか、源ジィはわざとらしくよろけるフリをした。 「敵対関係とまではいかねぇよ。だが、草薙の血を継く者が蛇絶の剣を持って神社に乗り込んだら話が変わる。宣戦布告と思われるかもしれないし、そう思われなかったとしても、鳴萬我駄羅の機嫌を損ねる事だけは確かだ」 「そんな場所に私、行っても大丈夫なの?」  不安そうな顔をする幽子に源ジィはガハハと笑った。 「何の問題も無い。人々を襲ったから草薙様に懲らしめられたとはいえ、元は守り神だ。悪意の無い人間に悪さはしないさ」  源ジィは再び徳利からお猪口に酒を注ぎながら「悪意の無い人間には、な」と強調するように言った。 「つまり蛇絶の剣は持っていくなってこと? 言われなくても神具をその辺に持ち歩いたりしないよ」  幽子の言葉が意外だったのか源ジィは目を丸くした。 「蛇絶の小太刀はお前専用のがあるだろう。それもだぞ」 「源ジィが持って行けって言った時ぐらいしか持ち歩いてないよ。警察に声掛けられたら面倒なことになりそうだし」  源ジィの言う通り、蛇絶の小太刀は複数本存在し、幽子も自分専用の小太刀を持っている。  ”蛇を絶つ”小太刀、それは”邪を断つ”力も有しており、生物ではない邪悪な存在から身を護るために、草薙家の人間は何処に行くときも肌見離さず持ち歩くことがかつては普通だったという。  しかし、現代はカッターナイフであろうとも正当な理由のない刃物の持ち歩きは銃刀法違反で処罰される恐れがある。  幽子は自分専用の小太刀であっても持ち歩くようなことはせずに大切に保管していた。 「俺は警察に何にも言われたこと無いぞ」 「それは源ジィだからでしょ」 「どういう意味だ?」 「そのままの意味。源ジィが剣だの小太刀だの持って歩いてたら『あぁ、何かそういう儀式があるのかな』としか思われないって」 「そんなことねぇよ」 「そんなことあるの」  源ジィはイマイチ納得していないようだったが、話が脱線していたので不満を飲み込んだ。 「じゃあ何かあったらどうすんだ?」 「二年前のお祓いの時みたいな事を日常生活で経験したことなんて無いよ」  幽子は嫌な記憶が頭を過ったが、すぐに嫌な記憶に蓋をした。 「あれ程のは中々無いぞ。だがまぁ、うぅん」  源ジィは思いを言葉に出来ないのかしばらく口をつぐんだ。 「まぁアレだ。刀也と違って幽子の力はそこまで強くないからな。普通に過ごしてれば寄ってくることも無いんだろう」 「お兄ちゃんと比べられたら大抵の人は力の無い人になっちゃうよ」  草薙刀也(くさなぎ とうや)。幽子の五つ上の兄である彼は、飛び抜けた才能の持ち主であり全国各地からお祓いの協力依頼が届くほどだった。 「ガハハ。悪い悪い」  兄の名が出たことにより、幽子は思い出したように尋ねた。 「そういえばお兄ちゃんはゴールデンウィークに帰ってこれそうなの?」 「幽子に連絡してないってことは俺も知らねぇってことだよ」 「そうなの?」 「あぁ。妹想いのアイツが俺にだけ連絡寄越すことなんか無い」  源ジィの中では話が終わったということなのか、身体をテレビの方へと向けた。 「あぁッ!? 一点も取らずに攻守交代してやがる」 「蛇絶の神具を持っていかなければ良いってことなんだよね?」  幽子は確認のためにもう一度聞いた。 「あぁ、そうだ。刀也か俺が力を込めた御守は持っていけよ」 「それはいつも持ち歩いてるよ」  幽子はそう答えると二人分の食器を持って立ち上がった。  数時間前。  帰宅したばかりの果南が自室で着替えていると、携帯電話が幽子からの着信を知らせていた。果南は携帯電話を手に取り応答ボタンを押した。 『果南ちゃん、今大丈夫?』 「うん、大丈夫。なぁに? 明日の話?」  果南は通話をスピーカーモードに切り替えてから携帯電話をベッドの上に置いた。  果南は携帯電話の横に座ると靴下を脱ぎ始めた。 『そう、明日なんだけどね』  幽子は一呼吸置いてから口を開いた。 『マコちゃんも来ることになった』 「え、マコ兄ィもッ!?」  果南は思わず大きな声を出し仰け反った。勢い余って果南はベッドの上でひっくり返る。 『うん』  慌てて身体を起こした果南は携帯電話を抱きかかえるように握った。 「え、マコ兄ィ来てくれるの? ホント?」 『今日ね、学校でマコちゃんと話したんだ。その時に遊ぼうよって話になったから誘ってみたらオーケーだって』 「そうなんだ」  ユウ姉ェの卒業旅行には来なかったのにね、という言葉を飲み込んだ果南は言葉が詰まった。 『もしかして呼ばない方が良かった? 勝手に呼んじゃってごめんね』 「全然全然。謝ることじゃないよ。マコ兄ィも来てくれるなんて嬉しい」  果南は慌てて明るい声で返事をした。 『そっか。それなら良かった』  話が途切れ少しの沈黙が流れた。果南は沈黙を破るために質問をした。 「あ、そういえば、マコ兄ィが来ることになったけどユウ姉ェのお友達は? えっと、千春さんと秋穂さんだよね?」 『あぁ、ハルとアキは今回は来ないって』 「そうなんだ」  果南は少しだけ寂しそうな声で返事をした。  果南は二人に会ったことはないが、幽子からよく二人の話を聞いていたため、機会があれば会ってみたいと思っていた。 『マコちゃんとカナンちゃんの三人で楽しんで来て、だって。ハルとアキとはまた連休の時に一緒に遊ぼうか』 「うん」 『ねぇ、カナンちゃん』 「なぁに?」 『マコちゃんが来ることになったけど、三人で何かやりたいこととかある?』 「えっと」  果南は言葉に詰まった。  急に聞かれたからということもあるが、果南にとって最も重要なのは高野台高校に合格するために勉強することである。  遊びたいという気持ちも当然あるが、果南は幽子と真のいる高校に何がなんでも入りたいと思っていた。 「三人で勉強会が出来ればそれで良いかな」 『そっか。分かった』  幽子は少しだけ間を開けて返事をした。 「ユウ姉ェは何か無いの?」 『え、私?』  自分が聞かれるのは予想外だったのか、幽子は声が上ずった。 『私は』  沈黙が続いた。  通信が不安定になったのかと思った果南は画面を覗いたが、アンテナはしっかりと立っていた。 「ユウ姉ェ?」  口をつぐんだ幽子の名を呼ぶ果南の声で幽子はハッとした。 『あっ、えっと。私も特に思いつかないかな』 「なんだ。ユウ姉ェも?」 『アハハ、そうみたい』  幽子の笑い声には何処か冷たさも含まれていた。しかし、そのことに果南も幽子本人も気付きはしない。 『あ、そろそろ夕ご飯の準備の時間だ。明日朝早いから準備は早めに済ませなよ』 「うん」  果南は少しだけ間を開けてから再び口を開いた。 「ユウ姉ェ、今日も勉強で分からないことがあったら電話しても良い?」 『もちろん。私はカナンちゃんのお姉ちゃんだからね』 「ありがと、ユウ姉ェ」 『いつでも電話してね。それじゃあ、そろそろ電話切るね』 「うん。またね」  プツッと音がして、通話が切れた。
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