女性客

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女性客

今日も暇である。タクシー運転手yは、いつものように、京都の端にある駅の構内のタクシー乗り場で、客を待っていた。自分の順番が回ってくると、睡魔と闘いながら、ひたすら、遠距離客が乗るように、期待して待っていた。 すると、女性が乗ってくるではないか。年恰好からして、20歳前後の女性である。 女性客は、「映画村の近くにある、広隆寺に行ってください」と物静かに、一言、言った。 「お客さん、広隆寺は、16時半で、拝観は終わるけれど、それでも行きますか。」 「はい、行ってください。」 女性客をミラーで、確認すると、元気がない。 「運転手さん、お聞きしたいことがあるんですが、」 「はい、何ですか。」 「私、今、気になる人がいるんですが。」 気になる人とは、まさか運転手yのことではあるまいか。 運転手yは一瞬、嬉しさが込み上げてきたが、その思いを打ち砕くように、 女性客は、言葉を続けた。 「私、今、仲のいい男性の友達がいるんですけど、私に気にがあるかどうか 分からないんですよ。私は、その男性の事がすごく好きなんです。」 運転手yは心の中で、これはいわゆる恋愛の相談であるなとすぐに察知した。 運転手yは焦った。それと同時に、この女性客はセンスがない。よりによって、運転手yに聞いてくるなんて。ここで、読者の皆様に一つ言い忘れたことがある。運転手yは、恋愛の駆け引きはものすごく下手である。かつて、自分の好みの女性には親切にして、それ以外の女性には、普通に接しているば、好みの女性は自分だけ親切にされていると思い、運転手yに好意を抱いてくれると思っている程なのだから。 広隆寺と言えば、仏像がたくさん展示してある。 多分、心の綺麗な女性なのであろう。 運転手yは一言、言ったのである。 「その男性は、嫌いであれば、貴女と話をしない。私には、分からないが、それよりもっと大事な事がある。あなたが、その男性と付き合ったとしても、今度は別れを心配することになる。結婚しても、結婚生活が旨く生き続けるかどうか心配するようになると思うよ。 結局は、自分自身の心の持ちようだ。」 女性は安堵の表情を浮かべて、下りて行った。 女性客が運転手yに何故相談したんだろう。運転手yが、イケメンで、頼りがいのある男性に見えたのだろうか。運転手yは自問した。多分、いや、絶対にそれだけはないだろう。 運転手yがタクシー20数年の中で、一番印象に残ったお客様である。
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