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みーちゃんとアイス
「みーちゃん、暑いよ。天気が殺人的だよぉ……」
うだる暑さの中、夏期講習の帰り道を歩く私と、みーちゃんこと菜常路子。川沿いの道であってもアスファルトは熱気を発し、昔から一本だけある大きな桜の木には、大群の蝉が留まっていた。
そろそろ夏休みも終わりだと言うのに、蝉は大合唱だ。
「そりゃそうでしょ、熱中症で何人も倒れてるんだから」
みーちゃんは、中学からの私の一番の友達だ。徒歩の私に合わせて、自転車を押して歩いてくれている。
そして、会話からお察しの通り、彼女はとても理論的だ。
いつも私の言う事に対して、理論的に突っ込んでくるのだ。
「アイス食べようよ、アイスー!」
私たちが今歩いている土手道の下の通りの住宅地に、昔から馴染みの駄菓子屋さんがある。
アイス欲しさに、私はお店を指差した。
みーちゃんは、やれやれと苦笑しながらも、お金を私に預けてくれた。
「ソーダ味のアイスキャンディーね」
「はーい」
みーちゃんは、自転車があるのでその場で待機し、私はルンルン気分で階段を降りていった。
「おばちゃーん、これちょうだい」
ご注文のアイスキャンディーと、私はバニラのソフトクリーム型アイスにした。
昔から、この駄菓子屋を利用しているけれど、おばちゃんは最近、おばあちゃんになったらしい。時々、奥から赤ちゃんの泣き声が聞こえることがある。
今日は、蝉の鳴き声しか聞こえない。
「260円ね」
「あれっ? 240円じゃ?」
「最近、仕入れ値も上がってきてねぇ……ごめんね」
「世知辛い世の中ですねぇ」
「本当にねぇ」
おばちゃんは、苦笑しながら40円渡してくれた。
そういえば、お父さんやお母さんも、ニュースを見ながら物価がどうとか、給料が上がらないとか、ぼやいていたな。
アイスを買って再び土手の階段を上ると、みーちゃんが汗を垂らしながら待ってくれていた。
「うちで食べる?」
アイスを渡しながら訊いてみた。
うちは、さっきの駄菓子屋から少し行ったところにある。この土手をもう少し進めば、自転車が通れる小さな下り坂があるから、そこから行けるんだけれど──。
「んー、いつもの場所がいいな」
みーちゃんは少し考えて、いつもの橋の下に視線を向けた。
コンクリートの隙間から、ちょっとだけ雑草が伸びてる橋の下。
みーちゃんとおしゃべりする時は、だいたいいつもここだった。
夏の間は、あまりここに来ることがなかったけど、お盆も過ぎてほんの少しだけ、ここを通る風が涼しいような気がする。それでも、アイスが溶けるには充分な暑さだった。
「わ、わ、早く食べちゃおう」
少しだけ柔らかくなったバニラ味のアイスを、ぺろりと一舐めする。そして溶けてきた周りから、ずずっと吸い込むように一周する。きっと今、私の口の周りは真っ白だ。恥ずかしい。みーちゃんに突っ込まれないうちに、さっとティッシュで拭った。
みーちゃんは、水色のアイスキャンディーを、シャリシャリ音を立てて食べ始めた。
時々、溶けたアイスがぽたりと地面に落ちる。まるで時間なんて気にしていないかのように、みーちゃんはゆっくりと、ゆっくりと食べている。
早く食べないと、溶けちゃうのになぁと思いながらも、私はみーちゃんの隣にいるこの空気が好きだった。
私が食べ終わっても、みーちゃんのアイスはまだ残っていた。もうそろそろ、一気に食べないと落ちてしまいそうだったけど、それは器用にもまだアイスの棒にくっついたままの形を保っていた。
「そういえば、みーちゃん。蝉の鳴き声、変わったねぇ」
「んー? そうだっけ?」
食べ終わってからコンクリートの上に座り、みーちゃんはさも興味がなさそうにアイスの棒をぷらぷらさせている。
「うん。お盆前まではジージー言ってたけど、今はツクツクボウシが聞こえる」
「そっか、たしかに」
「あと、ミンミンゼミも」
「あー、聞こえる」
「ジージー言ってるのって、何ゼミだっけ? ジージーゼミ?」
「ぷっ、なんでよ。アブラゼミでしょ」
みーちゃんは、笑いながら膝を抱えてうつむいた。
うつむいて、笑って、泣いてた。
「若葉ぁ……」
声を震わせて、みーちゃんは今日初めて、私の名前を呼んだ。
「東京へ行きたくないよ」
「うん」
「若葉の隣にいたいよ」
「うん」
みーちゃんは、親の仕事の都合で東京へ引っ越す。
もう、随分と前から決まっていたことだった。
本当はもっと早く引っ越す予定だったみたいだけど、わがままを言って、みーちゃんとみーちゃんのお母さんだけ、夏休みギリギリまでこっちにいられるようにしてくれた。
だけど、それって本当にわがままなのかな?
私たち子どもは、保護者の下で暮らすしかない。
叶うなら、最後の最後まで足掻いて、希望を言ったっていいじゃないか。
みーちゃんの両親は、希望を叶えてくれた。
でも、今日の夏期講習が最後で、みーちゃんは明後日行ってしまう。
「みーちゃんは可愛いから、きっと向こうでもすぐ友達ができるよ。そんで、私のことはすぐ忘れちゃうよ」
「そんなことない。友達なんていらないし、若葉のことも忘れない」
「忘れたっていいんだよ、時々はさ。また、すぐに思い出してくれれば」
みーちゃんの負担にならないように言ったつもりだったけど、これ以上言うと、逆に思い詰めるかもしれないから、やめた。
「……メッセージ毎日送る」
「うん」
「ビデオ通話も時々する」
「うん」
「会いに来る」
「それは、私が会いに行くよ。東京、行ってみたいもん」
「そっか」
少しだけ、みーちゃんに笑顔が戻った。
いつもクールなみーちゃんが私のために、泣いたりしてくれたことが、とても嬉しかった。
「あ」
さっきからずっと持っていたアイスの棒を見て、みーちゃんが固まった。
「あたり」
「おおー」
「もう一つもらってくる」
と、コンクリートの階段をのぼって行く。
私は、その背中に向かって言った。
「そうしたら、またアイス食べ終わるまで、みーちゃんと一緒にいられるね」
みーちゃんは、照れくさそうに笑って、
もらってきたアイスキャンディーを、またゆっくりと、ゆっくりと食べるのだった。
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