落書き

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妻の母親の背後ではずっとテレビが付けっぱなしになっていて、画面には刀を振り上げた侍が映り、ニンジンを細かく切りますと言っていたが、誰もテレビには見向きもせず、料理と会話を楽しみ、時間が過ぎていった。 やがて、みんなが料理を食べ終わったあと、妻の母親は隣に座る私たちの娘の頭を撫でながら言った。 「かすみちゃん、さっき絵を描いてたね、おばあちゃんに見せてくれない?」 すると娘は妻の母親を指さした。いや、その背後にあるテレビのようだった。 依然としてテレビ画面は時代劇が流れ、あれ、最後にとろ火で三分ほど煮込みます、と言っていた。 あれ、おかしい、侍が刀を振り上げたまま動かない。しかし、音声はいい香りがしてきましたね、と言っている。 ようやくわかった。妻も妻の両親も事態が飲み込めてきたようだった。誰もが口をあんぐりと開けていた。あまりの驚きのために。 私はテレビに近づいていった。 やはりだ。 落書き帳の画用紙がセロテープでテレビ画面に貼り付けてあった。 娘はきっとテレビに流れていた映像を模写したのだろう。あまりにも正確に精巧に写実的に神業とも呼べる腕前で。そしてその絵をセロテープでテレビ画面に貼り付けて飾ったのだ。 私はその絵をテレビ画面から剥がした。 その下から現れたのは時代劇ではなく、料理番組だった。たぶん、そうだろうとは今更ながら思ったが。 まさか、色鉛筆でここまで凄い絵を描くとは。 きっとここにいる誰もが予感しただろう。娘は将来、天才画家になるはずだと。まだ三歳の娘の絵の才能を目の当たりにして。 もはや先ほどまでみんなで誉めていた妻の料理の腕前はかすんでいた。 -終わりー
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