落書き

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落書き 四方を囲むように聳える山々の輪郭は、降る雨のせいでぼやけていた。 元々、静寂な田舎町はただただ雨音だけが聞こえ、かすかにどこかで飼っている犬が雨に濡れてもいいから散歩に連れて行ってくれというふうに、時々、切ない遠吠えを聞かせるだけだった。 雨は降れど一向に蒸し暑さを和らげることのない夏の昼下がり、お盆の季節。 妻が田舎に帰省するということで、私は三歳になったばかりの娘と共に、妻の実家に来ていたのだった。 まあ、何もない田舎だ。家の周りは田畑が広がり、綺麗と言えば綺麗な川が流れているだけ。あとは山ばかり。 妻の母親は孫と遊び疲れたのか、今はソファーに座り再放送らしきテレビ時代劇を見ていたが、うとうとし始め、とうとう眠りについた模様。テレビ画面はこれから刀を抜いた侍が、悪党どもと闘おうとしていた。 娘は退屈しのぎにここへ来る途中に買った色鉛筆と落書き帳で何やら絵を描いて遊んでいた。 せめて天気が良かったら、娘を連れて散歩に出かけるのだが、なにぶんこの雨では外に出れそうになかった。
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