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「だから、別れたんだ。」 「なんだったんだろうね、あいつ。」 元から評判の悪かった彼は、 やはり別れても地に落ちた評判が変わることはなかった。 「まぁ、モラハラ彼氏と別れられてよかったんじゃん?」 そう言って笑う、1年前まで大親友だったはずの彼女は、笑顔だった。 この子は他人の不幸を喜ぶ類なのだろうか。とても醜い表情をしていた。 しかし私は、この子に話して何がしたかったんだろう。 彼を一緒に傷つけて欲しかったはずだ。 ただ、彼を愛した自分も否定されているような気がした。 人を信用する気持ちを削られた私は、 彼女の少しの歪みにも対処できなくなっていた。 「ただいま。」 「え!来るなら連絡してよ!ご飯準備したのに。」 怒る母は、久々の娘の帰省を喜んでいるらしく、口角は上がっていた。 同時に母の足の間から走ってきた猫は、前から私と仲良しだった。 「あ、ちょっとチャム!最近玄関から外に出たがるの。ドア閉めて。」 「はい。」 チャムは1年ぶりの私をきちんと覚えていて、 額を膝に擦り付ける動きで信頼を示してきた。 「ごめんね。なかなか来られなくて。」 「いいのよ。そんな頻繁に来ても心配するし。」 急いで準備してくれたらしい夕飯を食べ、チャムとテレビを観ることにした。 夕飯を食べながら、取り止めのない母との会話は弾んだ。 仕事の話、家の話、最近趣味にのめり込む父親の話。 彼と付き合っていたことを話していない手前、 傷をひけらかすのは気が引けて、笑っていた。 「泊まっていくの?」 「いや、帰るよ。」 「じゃあお風呂入っちゃうね。」 そう言って母はいなくなり、チャムと2人になった。 チャムは今にも寝そうな顔でいながら、頭を撫でるとこちらに目をやる。 「チャム、私、彼氏に連絡先ブロックされたんだ。」 「今考えれば、あんまり良い人じゃなかった気もしてる。 でも別れるなら、最後にさよならありがとう、って言いたかったなって。」 尻尾の動きは規則的で、頭を撫でる私の二の腕に優しく打ちつける。 「別れって、唐突で嫌だね。」 そう言うと、チャムは私が撫でたところを後ろ足で掻き始めた。 考えてみれば、チャムは今年で5歳だ。 出会った時の軽やかさはすっかり無くなって、今や貫禄で成り立っている。 猫の寿命は20~25歳くらいだと聞いた。 私はあと20年くらいで、チャムと別れるのか。 きっと唐突で、その時に伝えたい感謝なんて全然伝えられなかったりする。 そう思えば、それが今日でないだけで、 この瞬間を幸せにしようと思える気がした。 「チャム、私チャムのこと大好きだよ。いつもありがとう。」 伝わったらいいな。その想いと裏腹に、チャムは姿勢を変えてこちらに背を向けた。 そんな気まぐれに笑えてきた。 久しぶりに心の底から笑った気がした。同時に涙が止まらなくなっていた。 「そうだよね。そんなもんだよね。」 こんなことで、思いの外救われた自分がいた。
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