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第弐話
じっと見ていると、なんだか怖くなってくる。
やっぱり、もう帰ろう……。
そう思った私の眼に、右手奥側が小高くなっているのが映った。そこにも桜が咲いている。
帰ろうと思っていた筈の私の足が、誘われるかのようにそちらに向かう。
緩やかに上がって行く道を、とぼとぼと歩く。その道に沿って進むと、今度はまた下りになる。
この公園は……こんなに、広かったろうか……。
昼間に一度、来た記憶がある。
通りすがりになんとなく寄り、ベンチに座ったり、少し園内も回った。
でも、こんなに広かっただろうか……?
ずっと、桜。
桜。桜。桜。
私は眩暈のようなものを覚えた。
ふと気がつくと、小道はなくなって。
────私は、桜の森の中にいた。
そして、その先に、桜の花に埋もれるようにして、朽ちかけた木の鳥居が見えた。
神社?……いつの間にか、公園の外に出てしまったのだろうか……?
心の中で、誰かがやめろと言っている。この先には、行ってはいけないと。私もそう思っている。
しかし、足は勝手に動き、吸い寄せられように、鳥居をくぐった。
奥に進むと、思わず溜息が漏れてしまうような、それは見事な一本の枝垂れ桜の大樹があった。
枝の先までぎっしりと花をつけ、重そうに垂れ下がっている。
その奥に見える社殿は、それ程大きくなく、やはり何処となく朽ち果てた感がある。
社殿を取り囲むようにして、まだ桜は続く。
境内は桜の花びらで埋め尽くされていた。
月明かりに照らされて、この辺り全てが白く浮かび上がっている。
「あ…………」
私は思わず、小さく声を上げてしまった。
誰もいないと思った枝垂れ桜の樹の下に、人が立っていたのだ。
白いシャツに、黒のスラックス。
ふんわりと、柔らかそうな髪が、項を隠す。
華奢で儚げな背が、桜を見上げている。
……さっき、白い着物を着た髪の長い女性が見えたのは、気のせいだったか…………。
そう、先程一瞬眼の端に映ったのは、そんな姿だったような気がしたのだ。
────というより、そもそも、あそこに人なんて、立っていただろうか…………。
ほんの少し前の記憶を呼び起こす。
最初に眼についたのは、あの枝垂れ桜。
それから、その奥の社殿。
………………人なんて………………。
………………………‥……………………。
いつの間にか、私は、その背の後ろに立っていた。
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