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第伍話
また別のことを考える。
月に照らされて白く浮かび上がる、社殿。枝垂れ桜。枝垂れ桜の下に立つ青年。
そして、あの、真珠色に輝く────。
いくら月に照らされていたって、灯りもないのに、あんなふうに見えたりするものだろうか。
まるで、全て衒しのように。
ざわざわと騒めく桜。
風も吹いていないのに、降りしきる花びら。
絡みつく女の笑い声。
それらから逃れようと。
走って。走って。走って。走って。走って。
私は、ようやく鳥居を駆け抜けた。
☆ ☆
シャン……と、鈴の鳴るような音がした。
気がつくと、私は、公園の前に立っていた。
公園の前……?
今のは、何だったんだろうか。
夢……だったのか……。
何だか、長い夢を見ていたような気がする。
腕時計を見ると、最終バスを降りて間もない時刻。
街灯が点々と灯る、整然とし過ぎる通り。
緩やかなカーブの先の消失点。
何処か知らない世界へ繋がりそうな……。
その通りを眺めながら、だんだんと記憶が曖昧になっていく。
夢を見た後のように。
満開の……桜。
はらはらと散る花びら。
この辺り一帯の地名は、『桜の森』という。
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