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第玖話 了
「可愛いことを言う。今すぐ貫いてしまいたいくらいだ」
くくっと揶揄うように笑ったが、その朱い瞳は、眼前の面を愛おしげに見つめ、細められている。
「だが、そうだな。この続きは閨に戻ってからするとしよう」
華桜は、叶の合わせを軽く整え、両の腕で抱えると、すくっと立ち上がった。
片足を軽く上げ、一歩。トンと桜を踏むとシャンと小さく鈴のような音がする。
二度三度と軽く跳躍を繰り返し、枝垂れ桜の大樹の頂きに立つ。彼が足をつく度にシャンシャンと鈴の音がする。
大男に抱えられている姿は、余計に叶の華奢な身体が際立たせる。
叶は、けして振り落とされることはないとは知っていながら、華桜から離れまいと、ぎゅっと彼の合わせを握り締める。
一面の桜。
頂きから見える景色は、何処までも桜ばかり。
静かな夜に、ざわざわと桜の騒めきが聞こえてくる。
囁きのように。
忍び、笑う声のように。
その景色を一巡りして。
「さあ、我らの閨へ戻るとするか」
眼下にある社殿の屋根へと飛び移り、そして、その奥へと消えて行った。
社殿は華桜の足がシャンと触れた瞬間だけ、輝きを放った。朽ち果て感のあったものが、神々しいまでに美しい社に変わる。
星の瞬き程に、一瞬だけ。
今は唯 ──── 桜の騒めきと、朽ち果てた神社が佇んで居るのみ。
『桜の森』
この辺りの土地は、遥か昔
『桜守』
と呼ばれていた。
ここには
『桜喰う鬼』
の言伝えがあるという────。
了
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