第玖話 了

1/1
前へ
/9ページ
次へ

第玖話 了

「可愛いことを言う。今すぐ貫いてしまいたいくらいだ」  くくっと揶揄うように笑ったが、その朱い瞳は、眼前の面を愛おしげに見つめ、細められている。 「だが、そうだな。この続きは閨に戻ってからするとしよう」  華桜は、叶の合わせを軽く整え、両の(かいな)で抱えると、すくっと立ち上がった。  片足を軽く上げ、一歩。トンと桜を踏むとシャンと小さく鈴のような音がする。  二度三度と軽く跳躍を繰り返し、枝垂れ桜の大樹の頂きに立つ。彼が足をつく度にシャンシャンと鈴の音がする。  大男に抱えられている姿は、余計に叶の華奢な身体が際立たせる。  叶は、けして振り落とされることはないとは知っていながら、華桜から離れまいと、ぎゅっと彼の合わせを握り締める。  一面の桜。  頂きから見える景色は、何処までも桜ばかり。  静かな夜に、ざわざわと桜の騒めきが聞こえてくる。  囁きのように。  忍び、笑う声のように。  その景色を一巡りして。 「さあ、我らの閨へ戻るとするか」  眼下にある社殿の屋根へと飛び移り、そして、その奥へと消えて行った。  社殿は華桜の足がシャンと触れた瞬間だけ、輝きを放った。朽ち果て感のあったものが、神々しいまでに美しい社に変わる。  星の瞬き程に、一瞬だけ。  今は唯 ──── 桜の騒めきと、朽ち果てた神社が佇んで居るのみ。  『桜の森』  この辺りの土地は、遥か昔  『桜守』  と呼ばれていた。  ここには  『桜喰う鬼』  の言伝えがあるという────。                 了
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加