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【7】ドラグニャーン。
――――――Playルーム。
ひととおりダンスステージとショーが終わり、Playを希望し、指名をしたDomとされたSubはそれぞれのPlayルームに向かう。
その他の客はそれぞれ家路についたり、建物内のバーで飲んだり、他の店に梯子をしたりとさまざまだ。
そして指名を受けたSubたちは、Playルームで指名してくれたDomを迎え入れる。
入り口ではスタッフがしっかりと会員証や持ち物などに危険物がないかを確認してくれているし、Playルームにはカメラもあり、スタッフがしっかり監視してくれているので、危険も少ない。
外もスタッフや警備が巡回して、少しでもおかしなところがあればすぐに巡回スタッフや警備がモニター室から無線で連絡を受けて踏み込む。
だから何も心配はないし、俺の場合はオーナーが特別な時にだけだす高級ルームをあてがってきた。いつも練習や研修で使うルームとも違って落ち着かない。
「さぁ、緊張しないでくれ。Playは初めてか?」
そして、顔だけは好みのこの男、ヒューイさまがにこりと微笑む。
「あ……いえ、それなりには」
「……誰と?」
ゾクッ。しっぽぼふっ。
びびったからか、しっぽがぼふっと膨らんでしまった。いけない、いけない。
「えと」
でもこの俺でもゾクッと来るような、強いGlareを感じたような。この男、相当ランクの高いDomかも。
――――――いや、Sランクの、最高ランクのSubの俺がゾクリと来るほどのGlareを出せるのだ……。ついついしっぽもぼふってなっちゃっな。この男、SランクDomだろうか。確かにハイスペ臭パないけど。
「……いや、すまない。君にはもう、特定のパートナーがいるのか気になってしまってね」
しかし、ゾクリと来たのは一瞬で、すぐに元の柔和な笑みに戻る。
しっぽも緊張から解き放たれて……いつものもふ~っ、もふぁさっ。
うぐっ。しかし相変わらず顔は超タイプ!あんまり微笑みかけるなあぁぁぁ――――――っ!
今、頬がにやけるのめっちゃ我慢してんねんからっ!しきれなくなるやんけっ!!
しっぽが暴走するのを抑えるため、前に手繰り寄せて腕で抱き締める。
「……そ、そうですか」
頬がにやけそうになるのを必死で抑えつつも……。しっぽもふもふ……。
んー、そう言うのはプライベートなので話す必要はないのだが……。
「その、猫神殿のDomの神官さまで、手の空いている方にお願いしています」
いや、俺の猫神殿での身分的にだいたい大神官さまか神殿騎士長さまだが……余計なことは黙っていよう。
「猫神殿……」
「別に、不思議なことでもないでしょう?」
神殿は困ったひとびとのためにも存在しているのだ。
神殿神官のDomの中には……。
特定のパートナーを持てず、こういった店でもPlayができないSubにPlayの場を提供しているのだ。
俺の場合は特殊な事情があるのだが……この店でも俺を指名する客なんていないので、神殿で面倒を見てもらえるならそれで問題なかったのだ。大神官さまたちも幸いランクが俺と同じSで、釣り合うことができた。本当に何の問題も……。
――――――この男に、指名されるまでは。
「その、ヒューイさま」
「ヒューイでいい。さまはいらないよ」
「……ひゅ、ひゅーぃ」
「ふふっ」
お、面白がってないか!?この男おぉぉ~~~~っ!!!俺が必死でにやけ顔我慢してるのにぃ~~っ!もういっそ、飽きられるために飛びっきりのにやけ変顔見せたろか――――――っ!!!
あぁ、でも顔はタイプなんだよ。それだけは……見たいっ!オーナーに懇願して、この男の写真を秘密裏に入手しようか……?
うぐっ。そ、その作戦で行って、どうにかこの男にPlayを諦めさせたいっ!
もふ……しっぽもふ。うん、だいじょぶ。しっぽもふしたもんっ。
「あの……俺はですね、猫神殿の神子なんです。だから……あなたとのPlayは、難しいかと」
俺の身に何かあればいろいろな方面でまずいことになる。
「あなたらヒト族なので猫神殿に縁はないでしょうが……」
猫神殿は獣人が広く信仰する猫神さまがおわす神殿である。
「我々獣人にとってはとても意味のある場所なのです。ヒト族だって、ヒト族の女神さまを信仰しているでしょう?」
ヒト族が広く崇めるのが女神さまである。時にヒト族の中でも卓越した身体能力を持つ超跳躍人間勇者に加護を授けたり、他種族の神子と同等の加護を得るとされる、勇者を心身ともに支える存在となる超野菜のお陰で美肌人間聖女に加護を授けたりしている、ヒト族の神である。
「私はヒト族ではないよ」
「え……っ」
どこからどう見てもヒト族では?
獣人なら、ケモ耳かしっぽがある。竜人ならば竜の角、翼、尾。翼は背中に格納できるらしいが、それでも角としっぽの形でそうと分かる。
妖精ならば背中に妖精特有の羽根が生えている。
エルフなら、オーナーのように耳が尖っており、長い。
彼らはいちように何かその種族の特徴を持つのだ。
しかし2つの種族が合わさった場合はどちらかの一方、半々、両方の特徴が出る。しかしヒューイにはヒト族以外の特徴はない。
――――――いや、ひとつあるじゃないか。
「ドラグニャーン」
ヒト族と何ら変わらないように見えて、ヒト族とは似て非なる、生き神。
ヒト族と見分ける方法は、彼らが持つ超常的な能力。時には神をも手にかける神殺し。破壊神と呼ばれ、古来多くの種族が畏れ、脅え、彼らが暴れぬよう、信仰する神を奪われぬよう機嫌をとり、供物を捧げた。
そして、ヒト族と見分けられる特徴と言えば超常的な能力の他に……。
「ご名答」
そう答えたヒューイの白目が真っ黒に染まり、琥珀色の瞳が白くまばゆく光る。その額、頬、首、手。さらしている肌に、まるで時間が経って変色した血のような……臙脂色の入れ墨のような紋様が刻まれて行く。
ヒト族とはことなる、その姿。
「ドラグニャーン、なんですか」
「そうだよ」
そう言って微笑んだヒューイの目は元に戻っており、肌を覆っていた紋様も既に消え失せている。
「だからこそ、我らは猫神さまをとても大切にしている」
確かに……ドラグニャーンはとりわけ猫神さまを愛している。猫神さまが平和を望むのならそれに合わせ、彼らは破壊活動をすることはないし、猫神さまが危険に巻き込まれない、信徒が他の神の信徒に弾圧され、猫神さまが悲しむなんてことがなければ、彼らも他の信徒を瞬きひとつで滅ぼしたりはしない。
この世界の平和は猫神さまにかかっていると言ってもいい。俺も御簾越しになら何度か、参拝に来たドラグニャーンと会ってはいるが……ドラグニャーンは須くDomである。それゆえにSubの俺は必要以上に近づくことはない。
なんせ、ドラグニャーンはDomのランクでさえ規格外。DomならばAランクは優秀だと尊敬を集める。普通はBランクだ。少しDomの力が弱ければCランク。Sランクなんてなかなかお目にかかれないのに、ドラグニャーンのDomはだいたいがSランクである。
その上、DomしかいないのでSubは他種族から引き入れるのだが……他の他種族間の婚姻よりももっと、子を授かる確率が上がると言うチート。
――――――まぁ、それは神だから、と言う理由もあるんだろうな。ほんと、何でもありな上に猫大好き過激派集団なのだ、ドラグニャーンは。
「君はその猫神さまが選ばれた神子である」
「え、えぇ……」
何でとっとと諦めてくれませんかね?
「だから私は、君を優しく扱おう。君に無理はさせないよ。しっかりとSafeWordも決めようね」
ダメだ、この男っ!全くやめる気がねえっ!!それよか親切にSafeWordまで設定しようと持ちかけてくるとは。
因みにSafeWordとは、Subが望まないCommandをキャンセルできる【コード】。分かりやすく言えば【キャンセルワード】【クーリングオフ】【訪問販売お断り表札】のことである。
これを決めることによって、SubがDomに無理矢理やりたくないことをさせられ、SubDropに陥ることを防止できるのだ。
SafeWordの言葉に関しては、Subごとに異なり、そしてSub自身が言いやすい言葉を決められる。
また、DomもSubに無理をさせないために、このSafeWordをPlayの前にSubに決めてもらうことは、Domとしてのマナーにもなっている。
もしこの店でSafeWordを決めずにSubに無理矢理Playさせたのがバレたら……、この店だけではなく、オーナーの手が回っているすべての店……いや、シマから締め出されるだろうな。オーナーは夜の街を取り仕切る元締めのひとりでもあるから。あのひとを敵に回すのは恐ろしい。そんなわけで、オーナーが俺の指名を断ってくれることで繋いでいた俺の指名拒否が……。
まさか破られる日がくるだなんて。
「それで、ファトマ。君のSafeWordは?」
猫神さまのにゃんにゃん萌えのお陰で保っている今の平和な世界でも、ドラグニャーンはちゃんとSubのことを考えてくれるらしい。
「……ねこキック」
「いいだろう」
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