兄弟コンプレックス

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「ほんとにありがとうね。今時,誰かに声をかけるのも,勇気がいる行為でしょ。あなたは優しい子なのね。」  自販機で買った水を手に彼女がさらりと告げる。洋助は急に褒められたことに動揺した。 「いえ俺は……。なんにもできないですし,本当に駄目なやつなんです。その癖,嫉妬心は人一倍強くて。今日もたまたま気が付いただけで,いつもはあんまり」  不意に話しかけられて驚いたせいか,絞りだしたような声で,余計なことまで話していた。いつもは口数が少ない方であるのに心のうちを話してしまったのは,彼女の人柄のせいだろう。隣の足が立ち止まってしまったのを見て,失敗したなと思う。だから俺は駄目なんだと,そんな自分の声がした。 「そんなことないわ。」  見ると彼女憤りを覚えた表情をしたが,それは洋助に対してではなさそうだった。 「あなたは素晴らしい人よ。今日あなたが助けてくれなかったら,私は大変なことになっていたかもでしょう。人を思いやれる人間が駄目なわけないわ。見ている人はどこにもいるものよ。あなたを思う人を信じなさい」  しばらくして,家を見つけた彼女はありがとうと言って袋を受け取り,そのまま中に入っていった。一人になった洋助の頭が先ほどの言葉が何度も反芻する。  あなたを思う人を信じなさい,か。近場に大きな公園ができたことで廃れてしまった公園が目に入る。洋助にそんな人はいるのだろうか。
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