兄弟コンプレックス

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 それは2日前の事だった。7月の始めにしては記録的な猛暑で,洋助(ようすけ)は暑い,暑すぎると譫言のように,何度も唱えていたのを覚えている。  身体のなかで,水が沸騰している姿を想像する。大量の汗がシャツの襟もとに張り付き,不快感でいっぱいになった。課題図書を借りるにしても,夕方にすればと後悔する。    目の前を見ると,エコバックを重たそうに運びながら,進んでは止まる,進んでは止まるを繰り返す婦人の姿があった。袋の中からニンジンが零れそうになっていて,あっと声がでそうになる。しかし周囲の人はそんな婦人に目もくれず,楽しそうに話しながら時々手を仰ぐだけだ。それを見た時,洋助は俺が手を貸すべきだという考えが沸き,信号を渡る婦人に追いついて,「よろしければ持ちましょうか」と声をかけたのだった。  最初,ご婦人の方は洋助を見て驚いたようだった。洋助は高校生にしては恵まれた身長で,表情もどこか乏しい。そのせいで警戒されたのだろう。 「俺,そこの高校の……」と続けると,「ああ! 鈴原高校ね。夫の母校なのよ」と態度を軟化させた彼女の姿にひとまずほっとする。 「じゃあ,片方だけお願いしていいかしら?」  孫が来るから張り切っちゃってと婦人が笑った。桃太郎に出てくるおばあさんはこんな表情をしているのかもしれない。  彼女の家は,目の前の道をまっすぐ行った後,すぐ見えてくるコンビニの近くとのことだった。  「公園の向かいなのですぐわかるわ」と言われ,はっとする。その公園は幼いころ弟とよく遊んでいた場所で,懐かしさと同時に侘しさがせりあがってきた。それは今の洋助と彼の関係が複雑だからかもしれない。
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