兄弟コンプレックス

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  「ただいまー」  弟だった。  光星は玄関で靴を脱いだあと、顔をあげて、空気の悪さに気づいたのか怪訝そうな顔をした。そして、母と洋助を見たあと、少し間をおいて母に声をかけた。  「どうしたの?」   「ううん。何でもないの。それより、光星、今日どうしたの?いつもより帰りが遅いじゃ無い!」 「ああ、ごめん。期末試験が近くて、塾の時間が伸びたんだ」  弟が罰の悪い顔をする。確かテストは先週終わったはずだが,学年によってズレがあるのかと洋助は思った。  すると弟がちらりと彼を見て「洋助もどこか行く予定だったの」と問う。どう答えようか迷っていると,二人の間に母が割り込んできた。  「そんなことより,お腹空いてるでしょ。夕食の残りがあるけど食べる? 」  母にそう聞かれ,光星が今度は母に身体を向けて,笑顔を浮かべる。  「じゃあ,いただこうかな。いつもありがとうね,母さん」    わかったわと,母が嬉しそうな顔でリビングに入っていく。横切る際に,「あなた親に感謝しなさいね」と洋助に小言を言うのも忘れなかった。   洋助からしてみれば,最低限の衣食住は恵んでもらえたことには感謝してるが,子どもに優劣をつける母に対する不満が強かった。  彼は母に褒められた記憶がない。感謝する気持ちはあっても,素直に口にだすにはしがらみが多すぎた。それに洋助は,言葉の力の大きさを理解していたからこそ,大事なとき以外,むやみに使いたくなかったのだ。  部屋に帰ろうとする洋助を呼び止めたのは,光星だった。「あのさ……」と口にするもどうやら言葉が続かないようだ。  そんな弟の様子にイライラしてしまう。兄なら話を聞いてやるべきだ。そう思うが,先ほどの母と通じ合っている光星の様子と自分の状況が浮かび,心無い言葉を吐いてしまいそうだった。 「光星―。冷めちゃうわよー。」 母が遠くから光星を呼ぶ声がする。 「また今度聞く。」 洋助は返事を待たず,逃げるように踵を返した。
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