兄弟コンプレックス

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 次の日の天気は晴れだった。身を焦がす暑さはないが,それでもグラウンドに出たいと思うのは熱心な部活動生。今日は放課後まで室内にいようと洋助は決意する。 「よう,今日も辛気臭い顔だな。」 後ろから背中を叩かれて痛みが走る。振り返れば,野球バックを肩にかけた,友人の渡辺だった。超がつくほど野球が好きな彼はその熱心な一人に入るかもしれないと思う。  「お前は手加減なしに叩くから痛い。」  「だって洋助デカいし気づいてもらえなかったら悲しいじゃん。」  からかいいを含んだ表情を見て,絶対嘘だと確信する。  しかし,こういったやり取りは嫌ではなかった。しばらく記憶に残す必要もない会話を楽しんでいると担任の柏木が入ってくる。真面目な洋助は前を向いた。 「そろそろHR始まるから,携帯隠しとけよー」  鈴原高校では,朝と放課後以外の携帯の使用は禁止だ。だが生徒は先生が来ないことをいいことに,堂々と昼休みにスマホをいじっていたりする。  それから担任は出席簿を開いた後,ああ,そうだったと独り言を漏らした。 「洋助」  いきなり名前を呼ばれ,心臓が跳ねる。本来なら洋助は大人しい生徒で,先生に名前を呼ばれることなど,無いからだ。  「日曜にご年配の方を助けたらしいな。相手の方から学校に感謝の連絡が来てたぞ」 担任が洋助を称えるように言う。何名かの生徒がこちらを向いたのがわかって気まずかった。  「おお~やるじゃん。」 渡辺がまた背中を叩く。だから痛いってと強めに主張した。洋助の反応が乏しかったせいか「相変わらず,クールだなー」と担任に言われたが,口下手なだけだと洋助は知っている。その後,担任はこう締めくくった。 「良い行動は見習うように! 」  生徒の反応はバラバラだ。熱心に頷く子,嫌そうな顔を隠さない子,洋助をまだ見ている生徒。褒められたのか,晒上げられたのかこれではわからない。  しかし,気分は確かに高揚していた。
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