ある朝の事件

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ある朝の事件

 夜明けは嫌いだ。  だって夜が明けたら朝が来て、朝が来たら起きなきゃいけない。出来ればずっと寝ていたい。  だから黄昏時は好き。冬至も好き……だった。夜の時間が伸びる=寝る時間が長くなると勘違いしていた幼少期。冬至が来るのを心待ちにしていたっけ。  それに冬は生まれた季節で、プレゼントをたくさん貰える。あぁでもクリスマスは、夜が明けないとプレゼントにありつけない。  そんな事を考えながら、アルファは漸く双眸を開いた。 「アルファ、遅刻するよ」 「ふぁい」  ドアをノックする音と共に、祖父、重吉(じゅうきち)の声がした。反射的に情けない声を返すと、先ほどから聞こえていた携帯のアラームが頭の中を通り過ぎていく。  夜明けに嵐がやってくる(The storm is coming at dawn.)  ほら、私の好きなアーティストもそう歌ってる。などと思いながらアルファはアラームを止めてのっそりと起き上がる。  朝かあ。  学校だわ。  テストめんどくさいなあ。  本来なら高校へ通う必要が無かった。生まれてすぐに両親を亡くし、幼少期に居た施設は科学者ばかりで、彼らが「家庭教師」をしてくれたお陰で高等教育課程まで修了していたからだ。が、年相応に高校というものへ行ってみたい。そう言いだしたのはアルファだった。であれば行かないわけにもいくまい。  階下からの良い匂いと、カーテンの隙間から差し込む柔らかい朝日にアルファは暫し身を預ける。なんだかんだ言ってこの時間が彼女にとって至福の時でもあった。 「アルファー、起きろー!」 「起きてる!」  折角の時間を破る声。階下から聞こえた少年の声に、アルファは叫び返す。  出羽理人(でわ りひと)。理人はアルファより一つ年上のやはり高校生で、実を言うと赤の他人である。  理人もまた、アルファ同様両親を亡くしている。親同士が親友だったという事もあり、アルファの祖父、重吉が家へ迎えた。  アルファは施設を経て重吉の元へ戻ったが、それもあって理人は他人のような気がしないし、兄らしいと言えば兄らしい。 「だからお前起こすの嫌なんだよ!!」  理人も負けじと返して、足音が遠くなった。 「おはよ」 「おはよう」 「はよー」  アルファが階下へ降りると、理人は既に着替えも済ませていた。 「ほーんとお前のその格好、学校の奴らに見せてやりてーわ」  百年の恋も冷める。という古い言い回しを付け加えつつ、理人がアルファを睨んだ。明るいとび色の目はすっかり覚めて、真ん中で銀黒に分かれた髪の毛もいつものようにセットしてある。銀色の方は脱色したもので、元々は黒髪だ。 「別にぃ~~」  アルファは生返事をしながら洗面所へ向かった。確かに他者から興味を持たれる可愛らしい外見をしてはいるが、本人はその件について無頓着だった。それ以前に、勝手に理想像を描いて勝手に幻滅するのはなんて迷惑なんだろう。とさえ思っていた。  しかしその「百年の恋も冷める」の言葉通り、鏡の向こうにはぼさぼさに跳ねた薄茶色の髪の毛と、まだ半開きの目が二つ。  重吉と同じ青い目なのだが、瞳孔周辺が赤褐色をしており、太陽フレアみたいだとアルファは密かに思っていた。  本物の太陽などというものを、見た事がないにも関わらず。  リビングのテーブルについたと同時に、重吉が出来たての味噌汁のお椀を置いた。いつもの炊き立てご飯と味噌汁である。一方の重吉はというと、また立ったままトーストを食べていた。  アルファや理人には大抵しっかりご飯を作るのに、重吉は毎日バターを塗ったトーストとコーヒーである。重吉の出身がエリア11、かつてのノルウェーだからという問題ではなく、子ども達のお守りや小売業の店で忙しいからこうなってしまったのだという。 「行ってきま~~す」 「行ってきます」 「行ってらっしゃい」  まだ開けていない薄暗い店内を通って、アルファと理人は家を出た。  エリア3、旧名日本。空は気持ちよく晴れている。しかしこの空も太陽も人工物で、アルファ達はドームの中で暮らしてる。  青の終焉と呼ばれる巨大隕石の衝突が起こってから、空は厚い雲に覆われた。太陽は一切その光を照らす事なく、気温も急激に下がった。  数年間各地で天変地異が相次ぎ、アルファや理人の両親が亡くなったのも、その時の事故でだ。国家は瓦解に近く、現在はソゴル(SOGOL)と名を変えた国連が各エリアを管理している。  ドームは元々、それ以前の異常気象から当時のアメリカを中心に建造されていて、そのお陰で今がある。  あれから十六年。安穏としていられる裏には、そんな実情があった。  ただ、ドーム内も完全に安全というわけではない。 「テストめんどくせ~~」 「お前ずっとそれな」  歩きなれた田舎の大通りを、アルファはあからさまに気ののらないまま歩いた。同級生達もちらほら歩いていて、実にのどかな人工秋の日だ。  漸く涼しさが来て冬服を着れるようになった事はアルファにとって朗報だった。この黒がいいのだ。などと思いながらアルファはセーラー服のリボンを少し整えた。 「まだ修理終わってないん」  ふと前を見ると、工事中の看板の向こうで道路が深くえぐれている。先日、マキナントが現れた、その戦闘の名残りだ。  マキナントとは不定形な機械の寄せ集めで、何故か人間を襲う。青の終焉以降現れ始めて、どこから来るのか、何の目的なのか何一つわかっていない。  先日この臼器(うすき)市に現れたマキナントは運悪く取り逃がしたという。そのためまだ市内には警報が出ていて、外出は控えるように言われている。 「エオースも何やってんだかね」  理人はフンと鼻で笑う。エオースというのは対マキナント用の組織で、ソゴルの内部部署だ。超人的な力を持つエージェント達の集まりで、言ってしまえばヒーロー集団である。  マキナントは当初軍が対応していたのだが、彼ら能力者の存在が見いだされた事でエオースが設立され、今に至る。  理人は昔マキナントに襲われたそうで、それ以来武器(?)を自分で作って護身用に持っている。エージェントに助けられたそうだが、憧れるよりライバル視してる。  超人的な力というのは才能らしく、それがない事に凹んでいるのだろう。と、アルファには何となく察せられた。  この地区担当のエージェントはアルファと同じクラスのニコラという少女だ。アルファとは母親同士が親友だったそうなのだが、ニコラはあまり他人と喋りたがらない。  目立つ外見をした美少女である事もあり、男女問わずニコラの周りにはいつも人が群がっている。その上余計な力もあるんだから群がられて大変そう。と、アルファは内心同情していた。  あんまり文句言うのも可哀想じゃね。アルファがそう言おうとした矢先、不意に目の前が暗くなった。  この秋口に大きな人工雲も発生しない筈なのだが、嫌な予感は大体当たる。  マキナント(BINGO)
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