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3.暗号解読
アンティークショップから連絡があったのはそれから一週間ほどした頃だった。あの暗号機は実際にものすごく値打ちがあったものらしく買い手はすぐにつき、現在は東京のコレクターの所有物になっていて、その人は二度と手放す意思はないらしかった。
「困ったなあ、少しだけでも借りられませんか?」
電話口で父は店主にそう頼み込んだ。
アンティークショップの店主と祖父とは長いつきあいでもあり、新しい持ち主に頼んでくれることになった。先方は手で直接触らないことを条件に一日だけ貸してくれることとなった。精密機器扱いで送られてきた暗号機の使い方を少しだけ知っている僕に操作する出番がまわってきた。
数年ぶりに見る木箱は、あのときと少しも変わっていなかった。
僕が白い手袋をはめた手で上蓋を開けると中からアルファベットの並んだキーボードが現れた。
「何だよ。ただのタイプライターじゃないか」
隣で父がため息をついた。でもただのタイプライターではなかった。僕は祖父のやっていた通りの手順でスイッチを入れて操作しようとした。暗号書の通りにキーボードを叩けば元の文章をランプで点滅して示してくれるはずだった。
しかし結果は出鱈目だった。何の意味もないアルファベットの羅列がさらに何の意味もなさない羅列に変換されただけだった。
「なんだよ、頼りにならないな」
父はまたもため息をついた。
「使い方が間違っているのではないか」
と叔父は言い出した。叔母はなおも自分の息子が解読する方にかけていたようだった。
ふと、僕は祖父がキーボードの上の方についているダイヤルを回していたことを思い出した。そして箱の手前にある電気プラグも差し替えていたのだ。これらの組み合わせによって暗号が何通りにも作り出されるのだ。だから、この暗号を作ったときと同じ組み合わせにしないと元の文章が再現できないと父に説明した。
再び、祖父の書類箱の探索が始まった。どこかに、暗号解読のためのメモがないかと思ったのだ。でも、今度はアルファベット三文字とプラグ配線三本をあらわすメモということがわかっていたので割合と簡単に見つけることができた。最初は小判に気を取られ、みんながゴミと思っていた紙くずの中にあったのだ。目録とは別のメモの中にあった。
僕はメモを元にダイアルを回し、プラグを差し替えてセットした。
その後に暗号通りにキーを叩くとランプが光った。それらを紙に写してみると今度は普通のローマ字が再現された。
――わたしのアンティークは大事に残してください。小判が三百枚ありますが台所の床下の壺に入れて埋めてあります。三人で仲良くわけること。
そんな遺言が書いてあった。アンティークを残すことという遺志は残念ながら果たされなかったが、小判の方は図らずも手つかずだったからみんなの目に生気が戻った。
「早速掘り出そうぜ」
「駄目よ。お母さんも台所を使っているのだから」
「そうだな。この暗号機も返さなくちゃならないし、埋蔵金の発掘は来週の日曜日だな」
三人はそう相談して発掘は次週の日曜日に持ち越した。
役目を終えた暗号機は先方がわざわざ取りに来てくれた。やはりよほどの貴重品らしく他人任せの運搬にはできないらしかった。
「いやあ。お役に立ちましたか? 何をしたのかは知りませんが」
「ええ、父が暗号の遺書を残していたものですから。これを貸していただいたお陰で何とか解読できました」
「そうですか。この暗号機は歴史的にも……」
彼はこの暗号機の価値をまた説明し始めた。興味のない人には猫に小判だと思ったが、僕は余計なことは何も言わず横に座って聞いていた。当時の使い方では、ダイヤルのあわせ方を毎日更新して秘密を守るのに利用したという。
コンピュータのなかった第二次大戦時には解読はほぼ不可能と言われていたがイギリス情報部が解読に成功していたという。巨大なスイッチを何千個も組み合わせた計算機を作り出し。それを使って暗号機のダイヤルとプラグの設定を割り出したというのだ。
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