しんごう、しんごう。

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 ***  信号。  彼がそう言ったら、思いつくものはいくつかある。  電車の信号か、車の信号か、歩行者の信号。彼は電車も好きだった上、うちは駅から十分の賃貸マンション暮らしだった。夫が仕事休みの日に、三人で電車でどこかに出かけることも少なくない。  だから最初は、電車の話かと思ったのである。彼がリビングのテーブルの上で、乗り物の本を広げたタイミングだったからというのも大きい。 「電車の信号のこと?変な形してるとか?」  キッチンのコンロ掃除を片付けて、私は息子のところに歩み寄った。息子は小さな頃から、乗り物の写真がたくさん載っている絵本が大好きである。最近はの絵本を見ながら、色鉛筆でスケッチすることも増えた。贔屓目が入っていることは否定しないが、今日も今日とて広げられた画用紙の上には見事な京浜東北線の絵が。  そういえば、自分が子供のころ、京浜東北線は真っ青な電車であったような。電車のデザインも、日々進化しているというわけらしい。 「ううん、違うよママ。電車じゃない電車じゃない。今電車の絵描いてたけど、そうじゃなくて。この本の信号見てたら、思い出したの。えっと、歩く人の信号!」 「歩行者用信号?赤と青のやつ?」 「うん。僕、あれ見るの好き。“〇〇町三丁目”交差点とか、前に行くのと横に行くので全然青信号の長さ違うんだよ。ママ知ってた?もうちょっと長さが同じくらいだったら、みんな走ったりしないし、事故があんなにいっぱい起きないと思うんだけどさー。僕長さ測ってみたらさー……」  少年は目をキラキラしながら語り掛けてくる。親馬鹿と言いたければ言え、こういう時の彼はめっちゃくちゃ可愛い。そもそも、彼は夫にそっくりのなかなかの美少年だ。将来は素晴らしいイケメンになるし、頭もいいから博士にもなっちゃうのかも――と今から妄想したりもする私である。  ちなみに前に行く、というのは多分、自分たちのマンションがある方を背に向けた場合を意味しているのだろう。〇〇町三丁目の交差点はスクランブルではないので、普通の信号と同じように交互に切り替わるのだ。 「あとね、YouTubeで見たんだけどね!日本の信号が緑色なのに青って呼ぶのには理由があるんだって。日本語の青って、すっごく意味が広いから、緑色も青って読んじゃうんだって。あと車の信号でね、赤が一番右にあるのは、運転する人が見やすいようにするのがとっても大事なんだからってゆってたー!」 「そうなんだぁ」  新しく仕入れた知識を、鈴が転がるような声できゃっきゃと語る息子は可愛い。同じ小学校一年生の子供よりもかなり小さい体格で心配していたのだが、少なくとも知能に関してはなんら問題ないようだ。学校の成績も悪くない。時々、しょうもない悪戯をして先生を困らせてしまうことはあるようだったが。 「あ、そうだ!不思議な信号の話!」  ここで、彼は本来しようとしていた話から大きく脱線していることに気付いたのだろう。面白い信号があるんだよ、と再度述べたのだった。
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