夜が明けて

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助手席に乗り込んで、ナビをセットする。藍は住所を入れろと言ったけれど、車を預けているコインパーキングまででよかった。 「藍、あのセットいくらした?」 「は?なんで」 「夜まで出してもらって悪いでしょ。朝は出すよ」 「いいって、そんなの」 「でも、運転まで」 「いいっつってるでしょ!」 車が揺れたかと思った。 男性の怒声に涙腺が刺激されたのか、まばたきと同時にひとつ、雫が落ちた。 「...ごめん」 謝罪には、首を横に振って応えた。泣くつもりなんてなかった。 「でも、藍にばっかり出させるのはフェアじゃないから」 ぱち、ぱち、とアーモンド型の目でまばたきを繰り返した。 「したくてしてることだから、別に?」 あっさりと答えた。負担をしているつもりはなかったのか、高級取りめ。 そこに他意などない。昔からそうだった。 「だって、律にはホテルまで取ってこっちまで来てもらってるし...」 それは、シーズン中の藍に田舎まで来てもらうわけにはいかないからだ。田舎に来てもらっても、面白い場所もないからだ。 全部事実だけれど、本音ではなかった。 私が、会いたかったからだ。藍に。 「そう。...じゃあ、甘えていいのね?」 「ん、」 話を難しくする必要はない。しかし、友達には皆こうなのだろうか。財前投手も、藍には世話になったと言っていた。学生時代の友人にも、甲斐甲斐しく奢ってるのか。彼の人間関係は読めない。 「律がどう思ってるかは、わかんないけど」 ようやく、車が発進した。 30分も店にいなかったはずなのに、来たときより交通量が増えている。 店を出てすぐ、赤信号につかまった。 「俺は律のこと、そういう女の子だと思って接してるよ」 アイドリングストップの効いた車内で、藍の声はよく通った。いつもより早くて震えているのも、わかってしまう。 『そういう』って、どういう? ギリギリのところで、呑み込んだ。昨夜、私自身が答えを出したからだ。運命とか特別とか、大袈裟な言葉を使った。藍は一度も、笑うことも茶化すこともしなかった。 昨夜の記憶と、今朝のやりとり。全て繋がったとき、胸の奥が震えるのを感じた。 喜び、なのかもしれない。愛、なのかもしれない。 そして相手が先にカードをめくった以上、同じカードを隠し持つことはできない。ダンマリは許されない。 「藍、」 タイミングが発進と重なってしまった。横目で盗み見た藍は、素知らぬ顔でハンドルを握っている。 ひとつ、息を吸う。音楽は掛けていないのだから、耳には届くはずだ。 「私も、」 私も、藍のこと、そういう男性(ひと)だと思ってた。 ずっと、前から。
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