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今朝、初めて目が合った。
「前、いないよ」
「わかってる」
これ幸いと道路条件を利用して、引き剥がす。
「腹減ったなあ、律は何か食った?」
「まだ。この辺わかんないから、好きなとこ入って」
「え、いつもは何食ってんの?」
「駅で弁当買ってる」
「へえ」
苛立ちも気まずさも空腹のせいにして、ファストフード店に入る。問題の先延ばしだ。いっそ、有耶無耶になってくれればありがたい。着飾るための服と靴は、帰路につく鞄の中だ。過去のものだ。
店員と顔を合わせたくなかったのでドライブスルーを期待していたものの、藍は駐車場に車を止めた。
「同じのでいいよね。席、取っといて」
レジに並ばずに済んだので、ひとまず安心だ。俯き気味に入店して、奥に入る。休日の朝、人はまばらだ。離れたところに、席を取る。
「いたいた」
誤算は、ひとつ。カウンター席がなかったこと。少なくとも、藍とは向かい合って座らなければならない。藍は当然のように、向かいの椅子に腰を下ろした。
「女の子誘ってるの初めて見たし、あいつ、割とマジだったのかもね」
誰がと尋ねることも、相槌を打つこともしなかった。面白かったのは、後輩が女の子を口説くところだったのか、友人が男性に誘われるところだったのか。下手に反応してボロを出すくらいなら、黙っておいた方が賢明だ。
「決めるのは律だけどさ、俺、めっちゃ気まずいじゃん」
何を想像したのか、眉を八の字に下げた。内心では面白がっているのかもしれない。それなら、シュミが悪いのは藍の方だ。
「安心しなって。どうもならないから」
「そう?」
きっぱり告げると興味が失せたのか、マフィンの包みに手を伸ばした。私もそれに倣う。いただきます。
「で、律の方は?」
「はっ?」
「何が似合わないの」
迂闊だった。強引に話すと思えば、藍は有耶無耶にしてくれていなかったのだ。こちらの疑問が先に解決してしまった以上、ダンマリは効かない。
「服」
「え、なんで?」
ここは誤魔化しが効きそうにないので、素直に答える。もっともらしい言い訳が下りてくるのを、願う。
「...街に出てこれると思って、見栄張ってたから。病院、すっごい田舎だったでしょ?あんなカッコしてたら、笑われるんだって」
絞り出せたことに、静かに息を吐いた。
「別に」
想像より苦い反応だったので、思わず身構えた。というか、セットのチョイスがカフェラテってどうなんですかね。
「似合ってないなら、似合ってないって言うし」
「...言ったじゃん」
「男の話ね。似合ってたよ。服は」
似合ってたのか。それなら、その時に言ってくれませんかね。褒める時に褒めるもんですよ、フツーはね。
暴走しそうな乙女心を、何とか飼い慣らす。
「...そう。どうも」
やっぱり、いいや。褒められたら褒められたで、余計な勘違いをしそうだから。
飲みきれなかったカフェラテは、氷と一緒にさようならをした。店内の照明加減で輝く様が、なんとも切ない。
「律、行こう」
「うん」
溶けてただの水になるまで、長くはかからないだろう。壊れた恋心も、行き場を失った好きも、いつかはただの友情に還元できるはずだ。
その時まで、「次」が続きさえすれば。
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