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─11─
「はい! 村長は私にとって人生の尊師であり、神そのもです。日々、村長の事を想い、生活をしています。私が生かされているのは、全て村長と神のおかげです。そして、村長は何よりも魅力的で、特に、そのお顔が素敵で直視することもままなりません」
数秒、俺の思考は止まった。何を言っているのか理解するまで時間がかかった。その間に横を見ると、見事なまでに二人は同じ顔をし、口を開け『ポカーン』と吹き出しが頭の上から出ているようだった。思わずその顔を見て、笑いそうになるも、口を押さえ誤魔化す。
日奈さんの発言が終わると、割れんばかりの拍手がまた会場内を響かせる。
「ありがとうございました! それでは、神のお言葉を私が発表しますね!」
日奈さんは、楽しみです! 早く言ってほしいと言わんばかりの表情で村長を見つめている。洗脳され、本当にそう思っているのだろうか……。
「井村日奈さんは、何よりも美しい。世界で一番美しい。この村の誇りであり宝です! そして、その体は母性に溢れ、私たち人類の母といっても過言ではないでしょう。特にその乳房は、人類の母の名にふさわしいもので、素晴らしい」
俺は、全身に鳥肌が立つのがわかった。体が許容していい不快を超え、吐き気を催す。
「それでは、さらにお互いを高め合う為に、今、高めあった箇所を実際に触れ、実感し、確かなものにしましょう!」
実際に触れる……。
すると、日奈さんが村長の頬を、その綺麗な手で包み込む。村長は微笑み、頷く。そのあと村長は、日奈さんの乳房を下から持ち上げるように揉みしだく。その顔は満足気に笑みをこぼし、興奮を隠しきれていない。何より気持ち悪いのは、触りながら日奈さんの表情を見て楽しんでいるのだ。日奈さんは、目を瞑りながらも、笑顔の面は外してはいない。
この時、俊さんはどんな顔をしているのだろうかと気になったが、不憫で見ることは出来なかった。
「お互い高め合い、これで来週も素晴らしい一週間を過ごせますね!」
「おめでとうございます!」と、また拍手。
悪夢だと思った。このようなことがまかり通るなどあるはずがない。
日奈さんは笑顔のまま席へ戻ってきた。本当に光栄なことなのか? それとも、全て演技なのか……。
「それでは次に、神への感謝の気持ちを実際に言葉にし、心に栄養を与えましょう」
「今週も、私達の幸せな暮らしを守っていただき、ありがとうございます。感謝いたします」
村長が言ったあと、胸に手を当てながら、全員が続く。
「最後に、神へ捧げる私達のスローガンを復唱しましょう。せーの!」
「私達は神の為に! 私達は神の為に!」
全員が立ち上がり、左手を腰にあて、右手に拳を作り突き上げる。
「おめでとうございます!」
拍手をし、一旦座る。
「神よ、我々に助言をありがとうございました。一週間、私たちをどうかお守りください……」
村長がそう言うと、客席に座る村民たちは、静かに合唱する。
「──はい。神は天へと戻られました。本日も皆さまお疲れさまでした」
拍手で締め、会合は終了した。
強烈な体験に、しばらく俺たちは立てずにいた。ほぼ座っていただけだというのに、疲労感が尋常ではない。このようなことが毎週あるなど、信じられない。村民は、本当に村長が神の言葉を受け取っていると思っているのだろうか。理解不能だ……。
「みなさん、帰りましょう」
日奈さんが笑顔で立ち上がる。
会合に圧倒され忘れていたが、これから俺たちはこの村を抜け出すのだ。
三人顔を見合わせ、立ち上がり、長い行列に続き出口へと向かう。
「俊さん、この村の人口はどれくらいなんですか?」
ふと気になり、質問する。
「確か、百八十四人だと思います。とっくに村としての機能は失っています」
「そうなんですね。ありがとうございます」
百八十四人ということは、今の会合に、ほぼ全員が参加していたとみて間違いないだろう。それにしても、思ったより少なかったな……。
出口が見えて来たと同時に、鼓動が大きくなるのを感じる。
合図は福原さんがするとことになっている。
──外へ出た。すっかり暗くなり、ここはまだ明かりが辛うじてあるが、少し先は電灯がほとんどないように見える。
緊張で福原さんの顔をちらちら見てしまう。篤人も同じ気持ちなのか、落ち着きがない。
ようやく、明かりが少ない場所に来た。そろそろか……と思った時だった。前を歩く夫妻が立ち止まる。
「今日は、やめた方がいいです」
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