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─16─
あまり眠れなかった。隣で寝ていた篤人も同じようで、寝返りを何度もうっていた。
眠れない夜を過ごし、俺は気づいたことがある。それは、依存だ。今までどれだけスマートフォンに依存していたかよくわかった。
眠れない日でも、スマートフォンがあればなんとかった。記事を見る、動画を見る、映画を見る……。しかしここでは、ただ夜が明けるのを待つだけ。時間がいつもの何倍にも感じた。その分余計なことを考え、不安や恐怖にも襲われた。もうなくてはならない存在だと実感させられたのだ。
日奈さんに階段から声をかけられ、下に降りると、既に福原さんが椅子に座っていた。
「おはよう。その顔は寝れなかったな?」
「はい。俺も篤人もあまり寝れなかったです」
「俺もだよ」と、福原さんはガハハと豪快に笑ったが、俺は知っている。ぐっすり眠っていたことを。なぜなら、俺たちの部屋に、大きないびきが朝まで聞こえていたから……。
「みなさん、おはようございます」
エプロン姿の日奈さんがキッチンから顔を出した。
「今、ごはん持っていきますから」
テーブルを見ると、おいしそうな朝食が出来上がっていた。鮭の塩焼き、卵焼き、ほうれん草のお浸し。久しぶりにまともな朝食が食べられそうだ。
「僕も手伝います」と、篤人がキッチンへ行く。
篤人は俺と違い、気が利くし、マメで優しい。だからモテる……。俺とは何もかも正反対なのだ。
「いただきます」
「あれ? 俊さんは?」
さっきから俊さんを見ていない。
「俊は、冬囲いに行っています」
「冬囲い?」
「はい。村長のお宅の冬囲いを毎年、若い男性陣でやるんです」
「ああ、なるほどね」
そんなこともやらされるのかと呆れ、口いっぱいにご飯を頬張った。
日奈さんの味付けはどれも適度な塩気で、優しい味だ。穏やかな気持ちになる。
「今日、この村に移動図書館が来ます。よかったら見に行きませんか? ここではやることがなくて、お暇でしょうし」
「移動図書館? 外部の人間で、この村に入れる人がいるんですか?」
口をもごもごさせながら、福原さんが言った。
「村長の許可が下りている人限定ですが、入れます。例えば、水道光熱費の集金だとか、商店に品物を持ってくる人だとか。まあ、村長の息がかかった人、と言ったほうがわかりやすいですかね」
なるほど。村だけでやるには限度があるからな。金でも掴ませているのだろうか。
「何時頃に来るんですか?」
食べ終わった篤人が聞く。
「十時です。村を回ってくれて、このすぐ近くにも来ますよ」
本好きな俺たちは行くことに決めた。福原さんは、家に残るそうだ。
食事が終わり、篤人が片づけの手伝いを率先してやっている間に、俺は自分の部屋の布団をたたみに、二階へと上がった。
窓を開け、換気をする。二人分の布団をたたみ、押し入れへと戻す。
昨日は余裕がなく景色など見なかったが、窓から見える景色は、素晴らしかった。今朝は少し冷えていて霧が広がっていたが、それさえも幻想的に見える。目の前にある木々は少しずつ葉に色を染め、写真に興味がない俺でも、フィルムに収めたくなるような眺めだった。
すっかり部屋が冷え、慌てて窓を閉める。そして、下へとおりる。
「コーヒー淹れましたよ」
日奈さんがちょうど、コーヒーを淹れてくれていた。
ソファに座り、カップを口元へ運ぶと、ふんわりといい香りがする。
「これって、挽きたてですか?」
「ええ。俊はコーヒーに拘りがあって、揃えたんですよ」
俺もコーヒーには拘りがあるので、その気持ちはよくわかる。しかし、この村に売っているところがあるのだろうか。
「失礼ですが、揃えたっていうのはどのようにして揃えたんですか? この村に売っているところがあるんですか?」
俺の質問に、日奈さんはクスっと笑った。
「ないです。商店はありますが、食品と困らない程度の日用品が売ってあるだけですから。実は、半年に一度、ここから一時間程にあるショッピングモールに行くこと出来るんです。人数は限られますが、バスで行くんです。もちろん見張り付きですが。そこで服を買ったり、雑貨を買ったり、外食したりするんです」
今まで酷い話ばかりを聞いてきたせいか、つい、いいことのように感じるが、実際は見張りつきで自由はない。でも、鞭ばかりではないところが、余計にいやらしい。きっと、この村の人にとっては、半年に一度の大きなイベントに違いない。楽しみにしている人はたくさんいるだろう。
「そして、その買い物が明日なんです」
「そうなんですか? お二人は行かれるんですか?」
「俊はお留守番ですが、私が行きます」
「楽しみですね」
「ええ。唯一の楽しみといってもいいですからね」
楽しみだと言っている日奈さんの顔からは、もの悲しさが滲み出ていた。
コーヒーを飲みながら、ゆったりとした時間が過ぎる。ソファでウトウトしていると「そろそろ時間ですので、行きましょうか」と、日奈さんが上着を着た。俺と篤人も上着を羽織り準備する。
「福原さん、行ってくるね」
篤人が福原さんに手を振る。
「俊も、もうすぐ帰ってきますから」
日奈さんはそう告げ、玄関へ向かう。
外はひんやりと冷たい風が吹いていたが、目を覚ますのにはちょうどよかった。太陽が眩しく、目を細くする。
昨夜の強風で落ちた葉が、細道を絨毯のように敷き詰め、歩く度カサカサと音を立て、秋を感じさせた。
近所の人が日奈さんに挨拶をするも、俺たちのことを見てはいけないもののように視線を逸らし、避ける。
移動図書館は、すぐ近くに来ていた。既に数人が集まっていて、話声が聞こえる。
「日奈ちゃん!」と、一人の女性が手を振っている。
「おばさん、おはよう」と、日奈さんも慣れた様子で手を振る。
「元気だった? 先月、来なかったから心配してたんだよ」
そう言うおばさんは、移動図書館の館長のようだ。
大型バスよりやや小さめの図書館は、予想より新しく綺麗だった。それより意外だったのは、この女性。村長ぐらいの年齢に見えるが、この大きなバスを運転するとは思えなかった。細身で身長が高いく、年相応の美しさを持っていた。それでいて、福原さんにも似た豪快さを感じる。キャップを被りカジュアルな服装だ。
「あら、日奈ちゃん。こちらの素敵な男性は誰かしら?」
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