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─17─
「実は……」
小さな声で日奈さんが説明すると、おばさんの顔が曇る。
「あら……それは、大変だわね」
気まずそうに、こちらを向く。
「こんにちは。中、見させてもらいますね」
俺はそう言うと、篤人の腕を掴みバスの中へと入った。
関係のない人を困らせてはいけない。立場的にも反応しずらいはずだ。悪い人ではなさそうだったので、余計そう思ったのだ。
篤人は黙って狭い空間に敷き詰められた本を眺めていた。
本は、色んなジャンルが取り揃えられており、子ども向けの絵本や、ミステリーやホラー、少しの漫画もある。十分程度眺め、二冊の本を借りていくことにした。また眠れなかったら困るので、読み応えのある分厚い本にした。篤人は三冊借りるようだ。
バスを降り、おばさんへ本を差し出す。
「二冊と三冊ね。ありがとう」
おばさんがノートに本の名前と、借りた人の名前を書き、渡してくれた。名前は、日奈さんになっていた。
本を渡すとき、小さな声で「がんばるんだよ」と、聞こえたような気がした。聞き返す間もなく、後ろに並んでいた人が本を差し出していた。
日奈さんは、持ってきていた鞄に、本をたくさん入れていた。
「たくさん借りたんですね」
「ええ。俊の分も入っていますから」と、重そうに鞄を肩に掛けた。
「あのおばさんって、何歳なんですか? 若く見えましたけど」
「村長と同じ六十歳よ。綺麗な方よね。村長と同じ歳ということもあって、よくしてもらっているみたい」
なるほど。息のかかった人間というわけか。でも、悪い人には見えなかった……。
「ちょっと、パン屋さんに寄ってもいいかしら」
「パン屋があるんですか?」
驚きの表情で、篤人が日奈さんを見た。
「ええ。村長がパン好きで、作らせているの」
「ああ、なるほど」
またもや村長が絡んでいるとは。私物化も甚だしい。
「いつもそこで食パンを買うんです。結構おいしいんですよ」
パン屋はすぐ近くだった。茶色の屋根に白い壁。これまた昭和を彷彿させる建物で、飾り気がなく、普通の民家と変わりはない。
俺たちはなんとなく中に入るのをやめ、外で待つことにした。ドアを背に立っていると、おいしそうな香りが漂ってきた。
すぐに戻ってきた日奈さんは、パンを二斤買っていた。さすがに荷物が多くなり、俺が本を預かり持つことにする。
「すみません、持たせてしまって」
「いいんです。今は居候ですから」
人に優しくする行為は苦手であまり慣れていない。あまり人とは関わらないため、そういう状況に遭遇したとしてもどうしていいのかわからず、ただ挙動不審になり、その間に、スマートに手を貸す他の人が現れる。
太陽がさらに高く上り、のどかな村を照らしていた。秋晴れで、清々しい気持ちになるも、すぐに、俺の心に暗い影が落ちる。
家に着いた頃には、昼になっていた。
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