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─3─
「それにしても、お前ら似てないよな。本当に兄弟か?」
昔から言われ続けているが、俺ら兄弟は全く似ていない。俺は吊り目で鼻が高く、ゴツゴツとした輪郭。弟は垂れ目で顔も丸く、可愛らしい顔つきだ。それに、視力まで似ていない。俺は小さい頃から目が悪くメガネと共に生きてきたが、弟は何をしても悪くならない。メガネとは生涯無縁だろう。
会話が盛り上がり、楽しい時間が過ぎていく。
目的地には二時間ほどで到着した。ここからは、ロープウェイで途中まで行き、頂上を目指す。
「紅葉がもうこんなに綺麗なんだな」
「本当ですね。いい時に来ましたね」
「──俺、ロープウェイ苦手なんだよな」
篤人は、山の高さは平気なのだが、それ以外の高い所は苦手でこのロープウェイも怖いらしい。
「そうなのか?」
福原さんが、にやけながら篤人の方を見た。
「山は自分でどうにでもできるけど、乗り物は自分でコントロールできないじゃないですか! だから、落ちたらどうしようって考えちゃって」
「じゃ、エレベーターもか?」
「そうですそうです」
そんなたわいもない会話をしているうちに、あっという間に登山口に到着した。
「さて、登るか!」
福原さんの大きな声が山に響く。
「天気もよくて、よかったですね」
俺は、大きく息を吸いながら、青い空を見上げた。
一時間後──。
さっきまでの快晴が嘘のように、空が灰色の雲に覆われた。
「ちょっと、これまずいな」
福原さんが、不安そうに空を見た。
「そうですね。兄貴どうする?」
二人とも俺の方を見る。俺が決断するのか?
「俺は安全を取る方なんで、下りるのがいいかと……」
「よし、決まりだな」
「ええ? いいんですか?」
「ああ。こういうとき、冷静な判断が出来るのが七瀬の良い所だ。篤人もいいな?」
「はい、そうしましょう」
何かと決断を迫られる人生を送ってきたせいで、いつの間にか、少しのことでは動じなくなってしまった。中にはそれを、人間味がないと捉える人もいる。
「じゃ、残念ですが下りましょうか」
「下りて、美味しいものでも食べに行こう」
「賛成!」
一時間程度で弱音を吐いていた篤人は、内心嬉しそうだった。
「お前、残念残念って言ってるわりに、顔が笑ってるぞ」
「そ、そんなことないよ。あー本当に残念だなー」
登山口に戻り、ロープウェイに乗り込む。
俺たちとは逆にこれから登る人もいる。こんな天気で不安はないのだろうかと、笑顔で山へと登る人を眺める。
ロープウェイはそんな人たちを置き去りに、下りていく。
ロープウェイを下りる頃には、更に天気は悪くなり、雨が降り出していた。
車に乗り込む間に、体がずぶ濡れになるほどのどりゃぶりだ。
「ひゃあ、ひどい目に遭ったな」
「タオル、車の後ろに積んでありますから使ってください」
篤人がタオルを取り、前に座っている俺と福原さんに渡す。
「ありがとう」
「それにしても、雨が降るなんて言ってなかったよな」
「そうですね。朝も確認しましたけど快晴で雨マークなんてひとつもなかったですよ」
「俺も見たけどなかったよ」
頭を拭きながら、不満そうに篤人が言う。
「まっ、この近くに温泉もあるし、そこでゆっくりするのもいいな」
「いいですね。どっちみちに俺飲めないから、二人でビールでも飲んでくださいよ」
「兄貴いいの?」
「ああ。飲んだとしても、一杯も飲めないんだから、俺はコーラでいい」
「じゃ篤人、温泉に入ってゆっくり飲むか!」
「はい!」
二人とも当初の目的をすっかり忘れ、飲むことにシフトチェンジしたようだ。
温泉までカーナビの案内で行こうと住所を打ち込むも、何やら様子がおかしい。
「おかしいな。電源自体入らないな」
画面が暗いまま、動かない。
「さっきまでついてたよね?」
篤人が後ろから体を乗り出す。
「俺のスマホでナビするよ」
「ああ、頼む」
出発し少し経った頃、フロントガラスに大きな白い塊がぶつかってきた。カラカラと音を立てる。
「雹だなこれ。まずいな」
福原さんがフロントガラスごしに空を見上げる。
「風も強そうですね」
後ろで篤人も不安そうな顔で外を見ている。
「前も見えにくいです」
「まあ、こういうのは案外、長くは続かないから大丈夫だろう」
福原さんはスマートフォンの天気予報アプリを見ながら話す。
「少し、ゆっくり走りますね」
激しい風と雨で前が見えにくく、普通に運転が出来ないほどだった。
「ねえ、電波もあんまりよくないみたい」
「ええ? そんなことある?」
「あ、俺もだな」
二人とも、電波が安定しないようだった。
ナビもない、前も見えない。これでは迷ってしまう……。
五分、十分と時間は過ぎるも、一向に天気が回復する兆しは見えない。いよいよ不安になってきた三人は、温泉をあきらめ真っすぐ札幌に戻ることに決めた。
この山へは何度も来たことがあり、札幌への帰り道は何通りか知っている。
「うわっ!」
目の前が一瞬赤く光り、木に雷が落ちたようだ。それと同時に木が道に倒れてきた。俺は慌ててブレーキを踏む。
「すみません! 大丈夫ですか?」
「ああ、危なかったな。よく止まったよ」
ゆっくり走っていたのが幸いし、木に激突せずに済んだようだ。
そのままUターンし、帰り道を変更する。
俺の記憶を頼りに激しくなる雨風の中、目を凝らしながら前へ進む。道端に立っている黄色い交通安全の旗が、激しくなびいている。
自然と車内は静かになり、車に打ち付ける雨の音だけが響く。
なるべく大きな道を通り帰りたいと思った俺は、目印の古い空き家を右に曲がった。基本まっすぐな道が多く、迷うはずはなかった……。
「あれ……」
右に曲がる場所は間違っていないはずだった。しかし、五分ほど走った時、突然、舗装されていた道路から、砂利道へと変わった。
『こんな所だったかな……』
心の中でそう呟き、不安に駆られるも、それを悟られないよう、毅然とした態度で走り続けた。しかし、いよいよおかしいと、車を止めた。
「すみません。迷ったみたいです……」
「じゃ、戻ったらどうだ?」
福原さんが、そう言ってくれたものの、すでに道は細くなりバックで戻るしかできない。しかも、この視界の悪い状況ではあまりにも危険すぎる。
「それが、道が細すぎてUターン出来なんです」
「うーん、仕方ない。雨が止むまでここで少し待つか。こんな道、後ろから誰も来ないだろう」
「そうですね。すみません」
俺は、ハンドルにもたれかかりうなだれた。
「仕方ない仕方ない。こんな状況なんだから。それに、天気が回復すればここがどこだかわかるようになるし、戻ることも可能だよ」
「──はい」
後ろに座る篤人の声をしばらく聞いていない。
「篤人、大丈夫か?」
窓ガラスに穴が開きそうな程、外を見ている。
「篤人?」
「兄貴、あっちに明かりが見えるような気がするんだけど」
「明かり?」
俺と福原さんも外を見てみる。雨がひどくよく見えないが、確かに明かりが見えるような気がする。
「確かにな。でも、この雨じゃ外に出れそうにもないな」
「そうだね……」
明かりの見える場所へ行ってみるにしても、もう少し雨が止まないことにはどうすることもできない。
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