夏雲が浮かぶ頃

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車を降り、いきなり身体中を包んだ熱気に顔を顰める。 顔を顰めたのは、きっと暑さだけのせいじゃない。 こんな場所に、貴方を連れて来たくなんかなかった。 今、通って来たばかりの通りからは、行き交う車の走行音。 少し離れた学校の校庭から、野球ボールを打つ爽快な音。 活気溢れる生徒たちの掛け声。 斎場の周りをぐるりと囲む鬱蒼と葉を茂らせた木の上で、蝉がうるさいくらいに「生きている」と主張する。 生きている。 生きている。 この街の中は、いつもどおりに。 私は大切な人を(うしな)ったのに。 夏の雲は嫌い。 大切な人を(さら)って行ったから。 しかし、この雲はやがて崩れて、激しい雨を降らせるだろう。 そして何度かそれをやり過ごせば、息もできないくらい苦しかった夏の終わりは、きっと来る。       ――了――
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