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桜の季節
家から私鉄と地下鉄を乗り継いで1時間ほどの場所にある、大きな総合病院。
父は何年にも渡り、どちらが自宅か分らないほど、入退院を繰り返した。
地下鉄の改札を抜け、エスカレーターと長い階段を上がり地上に出ると、空に向かってそびえ立つ白い病棟がすぐ目に入る。
車通りの激しい大通りを挟み、反対側を見ると、遊歩道があり、その向こうに流れる川。
川辺りには桜の木が並んでいて、隣の木との境目が分からないほど、ぎっしりと花をつけていた。
抜けるような青空に浮かぶ綿雲。
綿菓子を一口大に千切ったような雲が、呑気にぽっかりと浮かんでいる。
桜の薄桃色の花びらとその空は、あまりにも相性が良過ぎて、たまらなく眩しくて、私は大きく息を吸った。
吸った息は、私の身体のどこかおかしな場所を巡ったのか、肺を締め付け、瞼の裏を刺激して、息が苦しくなり、私は訳の分からない感情を吐き出すように、咳をひとつした。
もしもこの空が花曇りだったなら、こんな気持ちにはならなかったのだろうか……。
私は、首を横に振って、桜並木に背を向ける。
病院の敷地に入ると、芝生の中庭の真ん中に敷かれた通路を渡り、巨大な病棟に吸い込まれるように入って行く。
感情のないエレベーター。
白く長く続く壁。
私は廊下に落としていた目線を上げ、半分下りたような瞼を意識して引き上げ、ひとつのドアに向かう。
それと同時に口角も上げると背筋を伸ばした。
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