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そして私は、L字型に閉じられたカーテンの向こうに精一杯の笑顔を向けた。
父は上半身を少し起こしたベッドの上で、首を窓側にひねり、ガラス越しの景色を見ていた。
私がついさっき外で見たのと同じ、青空に映える満開の桜。
――「来年の桜はもう見られない」――
そう医師に告げられた日を過ぎた。
無かった筈の可能性が、諦めから微かな期待に変わる。
垂らされた糸が、どんなに、か細く頼りなくても、縋りつきたい。
願いを込めることは、愚かなのだろうか……。
「綺麗だな……。外に出て、近くで見られたら、もっと綺麗だったんだろうな……」
「だったら早く退院して、一緒に見に行こうよ」
私の口から、何の根拠もない慰めにもならない言葉が溢れた。
父は切なげな笑みを見せ、また窓の外に目を移した。
母の意向もあって、父には命の期限を伝えていなかった。
でも、自分の身体がもう自由にならないのは、本人が一番分かっていたんだと思う。
精一杯咲き誇る桜の花の一生は、あまりに短い。
川の水面にひらひらと落ちては流れて行く花びら……
死者を弔う意味もあるという『花筏』
儚く美しかったそれは、どこかへ流れて行き、いつの間にか消えてしまった。
そして桜の木は、自らが花を咲かせていたことなど忘れてしまったかのように佇んでいた。
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