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桜の時期には間に合わなかったが、5月に一時退院が許された。
『退院』……病気が完治、または投薬治療を続けながらの自宅療養。
そんな形であったなら、退院は喜ばしいことだ。
でも……
きっとこれが、父にとって家で過ごす最後の機会なのだろうと思った。
わりとお子様メニューのカレーとかハンバーグなどが好きだった父。
できるだけ刺激のないように優しい味付けにして、それに、できるだけ身体に良さそうな食材を選んだ副菜を添える。
「どれも美味そうだなぁ……」
そう言って、久し振りの自宅での食事を喜ぶ父だったが、暫くして、小さく溜息をついて箸を置いた。
「ごめんなぁ……。折角作ってくれたのになぁ。少ししか食べられないのが悔しいなぁ……」
本当に申し訳なさそうに、悔しそうに、父はテーブルの上の料理を見つめた。
癌を患う前は、風邪も引かず、熱を出したなどの記憶もないくらい健康で、食欲も旺盛だった父。
「大丈夫、大丈夫。そんなの気にしなくていいよ」
何と言葉をかけるのが正解なのか、全く分からない。
食べたくても食べられない気持ちがどんなに悔しいのかと考えると、居た堪れなくて、私は用もないのに席を立ち、キッチンの奥に何かを取りに行く振りをして、涙を押し戻した。
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