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そのうち、窓の外の景色、交替で訪れる家族の顔、テレビ、どれにも目を向ける事がなくなった父。
ただ、うつらうつらと眠りの中を彷徨うようになり、話しかけても返事が返って来ることも少なくなっていった。
それでもきっと、ちゃんと聞こえてはいる筈だ。
「ねぇ、覚えてる? 中学の時、私さ、体育祭で走り幅跳びの選手で出たじゃない?
フェンス際の砂場付近でスタンバイしてたら、お父さんが学校の外からフェンスを両手で掴みながら名前呼んで『頑張れーーっ!!』って叫んだ事あったよね。
仕事、抜け出して応援に来てさ。
友達に『動物園のゴリラかと思った』って笑われて、恥ずかしかったんだからね」
「結婚前の夏、家族3人で北海道に行ったね。
全然車が走ってないのを良い事に、免許取り立ての私にレンタカー運転させてさ、『もっとスピード出せ〜!』 『アクセル踏め〜!』 なんて、けしかけて。
親のやる事じゃないよね、全く」
「私がお母さんに理不尽な説教されてる時はさ、いつも間に入ってくれたよね。
『こいつにだって考える頭はある。もう少し信じて任せてやる事が何故できない? それでどうしても困った時があれば、その時、手を差し伸べてやるのが親ってものじゃないのか』って……。
嬉しかったよ。普段は厳しいとこもあるのにね」
私は、一方的に、父に話し掛け続ける。
「ねえ、お父さん……。お父さん、聞こえてるよね?」
返事はなく、エアコンの僅かな機械音と、窓の外から蝉たちの命の叫びが聞こえるだけだった。
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