夏雲が浮かぶ頃

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あれから一週間以上、ずっとうつらうつらと意識が混濁している状態で、会話もままならなかった父は、息を引き取る前、目を大きく見開き、一生懸命喋り続けた。 しかし、呂律の回らない状態で、何を言っているのか、全く聞き取れない。 夕方、医師に呼ばれ、今夜が峠だと聞かされ、家族は全員、病室に集まっていた。 最後の力を振り絞って何かを伝えようとしているのに、伝わっていないと分かれば、父はすごく悔しいだろう……。 みんなで口々に「うん、そうだね」「分かったよ」と繰り返し返事をした。 それが、全くの見当違いで、辻褄の合わない受け答えだったとしても、そうするしかなかった。 私たちだって、聞き取れない事が悔しくてたまらない。 もう二度と言葉を交わす事ができなくなるかも知れないのに。 そんな苛立ちを感じている中、手を握る私の手に、父は一瞬だけ力を込めて、私の目を真っ直ぐに見た。 「ありがとうね」 たった一言。 その言葉だけ、 きちんと、ハッキリと。 いつもの穏やかな低い声で、私の耳に届いて……。 こんなこと、ありふれたドラマの中だけの話だと思っていた。 言いたい事だけちゃんと言って、息を引き取るなんて、そんな都合の良い話なんて、実際にはある筈がない、と。 その後も、何かを言っていたが、もうそれは聞き取れなかった。 そうしてそれも、少しずつ途切れ途切れになっていき…… 父の最期は、眩しい朝陽が窓の外に昇る頃に訪れた。
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