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「ちょっと話があるの」
娘たちが2階のそれぞれの部屋に上がって行き、父が風呂に入ると、リビングに居る夫と私に、母が神妙な面持ちでボソリと言った。
母の表情で察しはついた。
これはきっと父に関する、『良くない話』だ。
「今日、お父さんの付き添いで一緒に病院に行ったんだけどね、検査の最中に主治医の先生から話を聞いたの。
お父さんね、もう……」
そこまで言って母は、顔を両手で覆い、肩を大きく震わせた。
……やめて、聞きたくない……
私の心の声に被せるように、母が声を絞り出した。
「先生が、『余命は、長くてあと半年あるかどうか……。来年の桜は、もう見られないだろうと思います』って」
専門用語を並べ立て淡々と話をするイメージしかなかった病院の先生が、こんな詩的な言い方をするんだ……
何故だかその時の私は、そんなどうでも良いことをぼんやりと考えていた。
肝臓癌。ステージ4。
これ以上の治療は難しいとされる末期の状態。
大切な人の、命の期限――。
それを突きつけられた夜だった。
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