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何を言いだすんだ、という空気の中、私はもう一度声を張った。
「次の春、ドラゴンと交渉して、今までより少しだけ多めに薬草をわけてもらいましょう。だから、ドラゴンを撃たないで。あの森を荒さないで。この子が飛び立つ時、撃たなければ、この約束をきっと守ってもらえるわ」
むりだ、とか、できるわけがない、とか。さまざまな声が響き渡る。
わかっている。
信じがたいだろう。
だけど、やるしかないのだ。
私はドラゴンを見上げた。優しい目が私を見下ろしていた。ばいばい、と心の中で話しかける。もう、ここに戻って来ちゃだめよ。
ふるる、とドラゴンが優しく鼻を鳴らした。
今はだめでも、また、いつか会えたら。そんな気持ちになる。保証はない。でも、私はこのドラゴンと、今、確かに、約束を交わしたのだ。
再び、お父さんたちに話しかける。
「この鈴があれば大丈夫だから。いい? この村が本当の意味で豊かになれるかどうか、今の私たちにかかってるの」
「だめだ! さっきから、何を言っているんだ!?」
「お願い、お父さん。私、ずっといい子でいたでしょう。ずっと我慢してたの。私の言うことも、少しは聞いてよ」
私とお父さんの視線がぶつかり合う。
久しぶりに、ちゃんと顔を見た気がした。
お父さんの表情が目まぐるしく変わっていく。
おもむろにドラゴンが首を振った。途端、一人の村人が銃を構えた。ドラゴンから剣呑な気配が漂う。
いけない、と言いかける直前、お父さんがその村人を殴りつけた。
「撃つな──娘に当たる」
たぶん、これが精いっぱいの譲歩だ。
そして、最大のチャンスだった。
鈴を鳴らす。
ドラゴンが勢いよく飛び立つ。
ごうごうと押し寄せる風のせいか、お父さんのおかげか。
銃を放つ人はいなかった。
私は、さあ、と気合を入れた。
今からが、本当の勝負の始まりだ。
くるっとピピに向き直る。
「ねえピピ、私、薬草がなくても村を豊かにする方法を探したい。宮廷薬師さんとも対等に話さなきゃ。ドラゴンについてもっと詳しく教えて。あなたが必要なの──……でもね、その前に、私たち、ちゃんと話し合ったほうがいいわ」
顔を上げたピピのくちびるが震えていた。ごめん、とその口が動く。一度目は私へ、二度目は、空の向こうへ。
私も空を見上げた。
夏の終わりの輝きが、雲の向こうへ消えていく。
さようなら、と空に呟いて、私はピピの元へと向かった。
【おわり】
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