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さっとピピの表情が曇った。ピピは優しい。人間とドラゴンの諍いに、ずっと心を痛めている。
「ベルなら大丈夫だよ。だって、ベルにはドラゴンを敬う心がある」
「ん、ありがとう」
私が笑うと、ピピも笑った。嬉しい。
だからこそ余計、ごめんね、という気持ちが湧いた。
ピピと一緒にいると、縄張りを荒そうとするほうが悪いよねという気持ちになる。
でも、お父さんと一緒にいると、憎いドラゴンめという気持ちになる。
私は優柔不断で、欲深い。
あのさ、と私はピピを見つめた。なんていうか、今、私が欲しいのは、そういうんじゃなくてさ。
「ドラゴンじゃなくて、ピピが助けにきてくれたらいいのに」
ピピが静かに笑った。
「そうできたらいいんだけどね」
よいしょっと、ピピが立ち上がった。
うん、と私は心の中で頷く。
そうだよね。だって、ピピはいつも忙しい。
ピピの今の仕事はヤギ飼いだ。前は村の人たちの下働きをしていて、常に村人の輪の中にいたのに。
私には、ピピが、少しずつ、村の外へと押しやられているように見える。
ピピも、村の人たちも、そうやって村の平和を保とうとしているのかもしれない。けれど、それってすごく切ないことだ。
なにより、私は、このままだと隣村の人と結婚することになる。
私の思いを知っているのか、知らないのか、ピピが透明な笑顔を浮かべた。
「お祈りするよ、ベルがドラゴンに守ってもらえますように、って」
反射的に、お父さんの言葉がよみがえった。
──祈りで腹は膨れない
でも、こうしていると、ピピのお祈りが無駄だとも思えない。難しいなぁ、と思いつつ、ピピや沢山のヤギと一緒に山のふもとまで戻ってきた。
ばいばいと手を振ってピピと別れる。
いろいろあったけど、今日も良い日だった。明日もこの平穏が続けばいい。そう思いつつ、村への道を急いだ。
*
「ベル、喜べ! お前の嫁ぎ先が決まったぞ」
館に帰ると、お父さんが笑顔で出迎えてくれた。
「え、ちょっとまって。お婿さんを迎えるんじゃ──」
私が全部を言い終える前に、人影が現れた。
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