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森に入ったのは、お父さんたちへの反抗心だった。二人とも、私がピピのことを好きだって知ってるくせに。 懐からコンパスを出す。これがあれば迷わない。ずんずんと道を進む。 この辺りはまだ藪漕ぎをしなくて済む。ドラゴンの縄張りでもないので、安全だ。 道から少し逸れると、途端に歩きにくくなる。 消えかけている小径をなんとか辿っていくと、いくつもの巨大な岩が、山肌にもたれるようにして転がっていた。 重なり合った岩の裂け目から中に滑り込む。 何年もかけて作った清潔な空間には、色とりどりの布、蝋燭、カンテラ、木を編んで作った小さな棚、虫や獣よけのポプリ、作りかけの刺繍、クッション。 ここが、私の秘密の場所だった。 持ってきたお水の瓶をあける。 こくこく飲み干す。ほうっと息をつく。 現実逃避をしても、意味はない。だけど、少し休憩したかった。館は人の目があって、疲れてしまう。 そっと寝そべる。軽く目を閉じる。乾いた土と、木の匂い。時折、さあと風が木々を揺らしている。 その風に乗って聞こえてきた音に、ふっと口元がゆるんだ。 「ああ、まただ」 この音を、どう現せばいいのかわからない。 例えばそれは、ひっそりと静かな気配をともなっている。あざやかな色の花が風に揺れるようでもある。きらきらと光ってもいるし、古木のような穏やかさもある。 本当に不思議な音。 無理やり言葉にするなら、バイオリンの音、だろうか。何かの鳴き声じみてもいるし、遠い空から送られてくる合図のようでもある。 この音に意志を感じるのは、私の気のせいだろうか。わからない。でも、何かを感じるのだ。 昔ピピに伝えたところ、心配されたので、それ以降、聞かれても黙っている。 ふふっと笑って、棚に手を伸ばす。 昔、お父さんにもらった異国の鈴をひっかけていた。 鈴を、ちょん、とつつく。 りいん、と澄んだ音が岩壁にこだまする。あの不思議な音がまた聞こえる。鈴の音を喜んでいるような気がした。
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