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「──こっち? こっちに行け、って言ってる?」
一歩踏み出す。音が軽やかに鳴る。試しに、一歩下がってみる。違うよ、というふうに音が濁る。
音を頼りに山を進む。やわらかな苔を踏み、草を踏み、岩を避け、倒木を跨ぐ。
歩く、歩く、歩く。
歩くたびに、私の鈴も、りぃんと優しく鳴っている。
カンテラの燃料が尽きそうになるころ、靴底が固い地面の感触を捉えた。
視界に光が入る。
「村だ……」
私は、いつしか森を抜けていた。
いつもと全く違うところから戻ってきたようだった。
明りめがけて駆け出そうとした私の耳に、私の鈴の音を真似たような、ちょっと下手くそな音が聞こえた。
ふりかえる。
一匹の大きなドラゴンが、いた。
何の気配も、足音も、匂いもなく、ただ下手な鈴の音だけを奏でて。
りー、りー、と鈴虫のような音を出したかと思うと、ちょっと首を捻って、今度は、るー、るー、とちょっと足りない感じの音を出している。
思わず、手を差し伸べていた。
「ありがとう」
こちらこそ、と言わんばかりにドラゴンが頭を垂れる。私の伸ばした手を、その巨大な鼻先でちょんとつつく。
淡い泉の匂いと、穏やかな苔の匂いが、鼻先を掠めていく。
次の瞬間、お父さんの声が聞こえた。
「ベルーっ!」
直後、割れんばかりの銃声が響いた。
目の前で火花が散る。
ぐおん、とドラゴンが背を翻す。
血なまぐさい匂いと共に、夜の奥へと飛び去っていく。
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