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「アンビーチェ村の夏の終わりといえば、ドラゴンだよね」 と、ピピが言うのを、私は黙って聞いていた。 足元の草がざあと揺れる。 白樺の高原は夏でも涼しい。だだっぴろい草原の向こうには森がある。そこに、ドラゴンたちが住んでいる。 「見ててごらん。今年も、森の奥深くからドラゴンたちがいっせいに飛び立つよ。夏の最後のお日様を浴びて、みんな金色に輝くだろうね。南の地で冬を越したら、また春には戻ってくる」 あー、もう、という思いが込み上げてきた。ピピがそんなだから、私のお婿さん候補から外されちゃうんだよ。 語り部なんか、やめちゃえばいいのに。 そう言いたい。 でも、言えない。 亡くなったピピのおじいちゃんは語り部だった。 ピピは、おじいちゃんに育てられたのだ。語りを否定するのは、おじいちゃんを否定することにつながってしまう。 押し黙っている私を気にしてか、ピピが話題を変えた。 「ベル、今日は森へ行かないの?」 「うん。迷ったら危ないからって、お母さんに止められちゃった」 「大丈夫だよ、もし迷ってもドラゴンが助けてくれる」 何度も聞いた話だった。 中途半端に「うん」と頷く。 かつて、人間はドラゴンを崇拝していた。ドラゴンは、人間の気持ちに応えて人間を助けてきた。 でも、今や、私たち人間にとって、ドラゴンは危険で邪魔な存在だ。 私はドラゴンの住む森を眺めた。 あの森には、夏にしか生えない貴重な薬草がある。でも、いつもドラゴンがその薬草のすぐ近くに巣を作る。犠牲を払わずして採取できた試しがない。お陰で、アンビーチェ村はずっと貧乏なままだ。 一度に沢山採ってはいけない薬草だから、ドラゴンが守っているんだよ、とピピは言う。 王都の宮廷薬師さんは、だからこそ人間が管理するべきだと言う。 村長であるうちのお父さんは、宮廷薬師さんと仲が良い。 あの森を切り開こうとして、何度も危ない目に遭っている。全部ドラゴンにやられたのだという。 「ねえ、ピピ、私のお父さんは森を荒してる。私はお父さんの娘なんだ。それでも、森で迷ったらドラゴンは私を助けてくれるかな?」
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