私の左の薬指と彼の首元

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私の左の薬指と彼の首元

 イスに座る私から見えるのは、うつむき加減の彼のつむじ。 普段あまり見ないそのつむじを見たら、彼の頭に触りたくなって、左手をゆっくり伸ばしかけたら、 「カナ」 と優しく呼ばれて、伸ばしかけていた左手を一旦止めた。 でも、触りたかくて、『んー?』と、生返事をして、左手を再びゆっくり伸ばす。 もう少しで彼の頭に触れる…と言うところで、手首を軽く握られて捕らえられた。 急な彼の動きに戸惑っていると、 「カナ」 と、優しく呼ばれて、少し気持ちが落ち着いく。 「カナ」 と、もう一度優しく呼ばれて、返事をしようと思ったら、変に緊張してしまって、とても小さい声で『はい』と返事をしてしまった。 「(ちっ)さい声で返事して、カナ…ちょっと緊張してる?」 私を見つめて、フフッと笑って、更に言葉を続ける。 「…なぁ、左手の五本の指、全部伸ばして欲しいねんけど、出来る?」 と首をかしげて言われたので、言われた通り左手の指全部伸ばして見せてみた。 それを見た彼は、「よしっ!」と言いながらジーンズの後ろポケットに右手を突っ込み、何かを取り出す。その時キラッと光って、指輪だと分かる。 その指輪を、左手の薬指にそっとはめた。それから、漸く左手を放されて、左手の薬指を見ようと思ったら、次は、左手を両手で軽く握られる。 「カナ」 と、もう一度優しく呼ばれて、もう一度彼を見る。 「カナ…来年の夏の終わりに結婚して欲しい…どうや?」 と言われて、結婚を申し込まれて、急にどきどきして、逸る胸を右手で押さえた。 「どうや?って…どうもこうもあらへん。もちろん、はい…宜しくお願いします…嬉しい………でも、なんで来年の夏の終わりなん?」 と、返事をして、ついでに疑問に思ったことを聞いてみた。 「まず、オッケーしてくれてありがとう!」 嬉しそうな顔で、さっきから両手で握られている手をぎゅっと握られた。 「あと、なんで来年の夏の終わりにか?…それは、今年の夏の終わりに辛い思いさせたから、来年の夏の終わりに結婚したら、辛い思いが少しでも上書きされるかなって思ってん」 話し終えた彼が両手を離して、漸く左手が自由になった。 自由になった手を動かしてみると少し固まっていたから、軽くグー・パーを繰り返して解してみる。次に解した指を伸ばして、薬指にはめられた指輪を見てみる。 その指輪は、小さなダイヤモンドが埋められてシンプルでかわいいデザインで、むっちゃ気に入って、思わず笑みがこぼれる。 それから、彼の視線に気が付く。 指輪に集中しすぎて、彼を放ったらかしにしてしまって、慌てて返事をする。 「うん!上書きされて、夏の終わりがもう一回好きになれるわ。ありがとう!」 「うん…それやったら、よかった」 ほっとした様子の彼。そんな彼を見て、私も一安心。 思わず彼を抱き締めたくなって、立ち上がって、立て膝の彼に勢いよく飛びついた。 勢い余って、受け止めてくれた彼がバランスを崩して、一緒に床へ倒れこむ。 その時の反動で、彼の首元からキラッと光るものが出てきた。 気になって、それを掴むのに手を伸ばす。もちろん彼に乗っかったままの状態で。 ちなみに下の彼は、グエグエ悶えてます…。 掴んで見てみると、ネックレスで、更に引っ張ると指輪が出てきた。その指輪は、私がはめていたもの。 『これって…』 と、指輪を掴んで彼に見せると、一気に顔が真っ赤になって、慌てて両手で顔を隠そうとする彼がそこにいた。
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