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返却
「カナ、右手の薬指にはめてる指輪、返して欲しい」
そう言った後、私の方に右腕を伸ばして掌をひろげ、ここに載せるようにと言わんばかり。
『えっ?なんて?もういっぺん言ってくれへん?』
言われた言葉が信じられず、再度同じ言葉を彼から聞く様に自分から仕向けてしまった。
右腕を伸ばして掌をひろげたまま、私をじっと見て、さっきよりもゆっくりとした口調で同じことを言った。
「カナ、右手の薬指にはめてる指輪、返して欲しい」
二回聞いたけど、やっぱり内容は同じ。言っていることは分かったけど、到底理解出来ることじゃなかった。
気がついた時には、反射的に口から彼への文句が出てしまった。
『なんで、なんで?!急にそんなこと言うん?お互い忙しくてなかなか会えへんかって、会いに来てくれたって思って、嬉しかったのに、これって…』
最後まで言わせてもらえず、彼の声が被ってきた。
「カナ?悪いけど、さっきお願いしたこと覚えてる?」
今まで聞いたことがないくらい低い声で言われて、一瞬びくっと体が反応した。
正直怖かった。
普段は、柔らかい感じで優男と言う感じやから。
私は二回頷いて、少し震える左の指で右手の薬指にはめている指輪を外そうとした…けど、うまく外すことが出来なかった。
その様子を見ていた彼が、私の右手首を左手で軽く持って、右の指ですっと外して、その指輪を握り締めてから、そのままスラックスの後ろポケットに入れた。
指輪を外す様子を見ていと、ふと思った…(この動作、あの時指輪はめてくれた時と逆の動作やなぁ…)と。
私の右手は、支えがなくなって、空中に浮いたままの状態。
「お茶、ご馳走さま」
そう言って立ち上がると、指輪のなくなった右手の薬指を見て、左の指で軽く触れた。
「指輪の跡がうっすら残ってるなぁ…」
跡を消すように指で軽く数回擦ってみる彼。
それからそっと指を離して、今度は両手で私の右手を優しく包んで、ゆっくりテーブルの上に下ろして、ぎゅっと握り締めて言った。
「いつになるかわからへんけど、僕から必ず連絡するし。それまで連絡のやりとりなしな?あと、部屋の鍵、一旦返すな。じゃ、ありがとう…お邪魔しました」
そっと手を離して、スラックスの横ポケットから鍵を出してテーブルの上に置くと、部屋から…私から去っていった。
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