第20章 君が好きになる男

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「いろんな考え方の人間が世間にはいるから。そういう意見が何かの拍子に純架の視界に入っちゃう可能性がゼロじゃないってことはわかるよ。でも、そんなこと言うやつは存在自体完全丸無視で構わない」 高橋くんが感情を込めた眼差しをわたしに注ぎ、何度となく優しく頬を撫でてくれる。…言葉は一応耳に入ってくるけど。いやこの状況、何も考えらんないでしょ、わたしとしては。 「だって、辛い酷い目に遭ったのは他の誰でもない。純架の方だよ?なのに、その痛みを分け合うでもなく黙って寄り添って涙を流すでもなく。触れる気になれない、なんて言ってのけるやつ。…そんなのがいたら悪いけど、純架の気持ちがどうあれ俺は撃退するから。もっとまともでいいやつが他にいくらでもいるはず。何もそんな男を選ぶ必然性、これっぽっちもないよ」 彼は強い調子で叱咤するように、さらにわたしに対して間近で訴えかける。 「純架はきっと見る目はあると思うから、そんなやつを実際に選ぶとは考えにくいけど。やっぱり一応、誰かと付き合うときには俺も相手の人物をチェックさせてもらうことにするよ。君のことが誰より大切で、痛みや苦しみや辛さを少しでも軽くしてあげたい。いいことや楽しいことは何でも分かち合いたいって考えるような人物じゃなきゃ。…そういう人間が絶対、ちゃんと君の前に現れるはず。だって、純架は。まともで優しくて想像力のある、きちんとした頼れる男に。誰よりも相応しい子だから」 「…うん」 わたしはちょっとじん、となりながら頬に添えられたその手の上に自分の手をそっと重ねた。 世間の他の男の人がどう考えてるか、一般的にどういう考え方の人が多数派なのかは。実はわたしの中ではもうどうでもいいんだ。 だって、目の前のこの人はわたしを汚れた身体だとは思ってないって言ってくれてる。本当に?優しい人だから、気を遣ってそうやって表面上話を合わせてるだけじゃない?とか、疑う気持ちは湧いてこない。 他の人なら本心はまた別で建前だけ取り繕ってるって可能性だってあるだろう。意地悪とか悪意じゃなく、わたしを傷つけたくないって優しさからの理由で。でも、この人はそういう人じゃないから。 想像だけで、本気でそういった発想を持つ男の人を怒れるのは。自身は絶対そんな風に考えないし感じない、って絶対の確信があるからだと思う。 だから、仮の例え話でもわたしを傷つけるような物言いをする人間が許せない。そいつよりわたしの方が辛くて傷ついてるんだって、どうして思い及ばない?って、そう思うだけでこんなに憤慨してくれるとは。 だったらきっと、もしも将来わたしがこの人を好きになったとしても。そういう理由で拒絶されるってことは、とりあえず考えなくていいってことだな。 そう考えたらだいぶ肩の荷が降りた。 それに、高橋くんはわたしが被害に遭った過去があるってもう既に知ってるし。もし万が一二人がそういう仲になったとしても、いちいち打ち明けようか悩んだり一から説明したり、逆にあくまでも隠し通そうとしなくていいんだ。 わたしがほっとして目を閉じたら、どうやら眠気が襲ってきたらしいと解釈したのか。頬に添えられていた手を頭に乗せて、そっと髪を撫で始めた。 その手つきが小さい子を寝かしつける父親そのものだ。なんか、色っぽくない。とむくれつつも、その温かさと優しさで背中がすうっとベッドの表面に深く沈んでいくような感覚を覚えた。 どうやらようやく眠気がやってきたみたい。 …だけど、わたしを汚いと思ったり汚れてると考える人間を憎むことは間違いないとしても。今のところ、じゃあそもそも高橋くん本人がわたしと付き合ってそういう仲になれば無神経で優しさのないその手の男を全てシャットアウトできて一件落着じゃん?とまで考えは至ってないようだ。 どうしてかわからないけど、自分自身がわたしと将来恋仲になる可能性については今のところ全然頭にないように思える。だって、この距離感の警戒のなさときたら。 もしかしたら油断した隙にわたしが、彼に抱きついてベッドに引きずり込んで押し倒すかも。…なんて、全然思ってもみていないのが丸わかりじゃない? 髪を撫でられる手の動きに合わせて、自然と自分の呼吸がゆっくりと。規則正しくなっていくのを感じる。 …今のところ、高橋くんがわたしのことを特別な異性として見てないのはどうやら確実なようだ。 どさくさに紛れて探ってはみたけど、その理由はどうやらわたしの過去の瑕のせいではないらしい。ありがたいことに。 でも、だとしたら。逆に下手したらもっと根本的な理由かも。わたしに魅力がないとか。兄妹みたいな距離感になり過ぎて、もうそういう目では見られなくなったとか…。 確かに、保護者と被保護者感が今現在のわたしたちの関係では強すぎる気がする。 すうすう、と健康的な寝息が自分から漏れてるところを見ると。どうやらわたしはもうほとんど既に眠りに落ちているらしい。 半ば眠りながら、でもまだ頭は朧げながら働いてる。さっきの夢のときみたいな苦しい金縛りの状態じゃない。もっとリラックスした静かな、安らげる感覚。
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