第19章 鍵のかかった部屋

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第19章 鍵のかかった部屋

『いきなり寝室に鍵取り付け事件』が発生したのは、わたしが東京に来てからほんの数日後のことだった。 というわけで、語りの時系列はその時点まで一旦遡る。 高橋探偵事務所に住み込みで厄介になることが決まって、その翌々日だったか。朝からいかにも何か用事ができた、みたいな顔つきで何も言わずにさっさと出かけてしまった所長のことは気にせず平然とリビングの机に向かってる神崎さんを見習って、わたしもソファに座り込んで初めてのスマホを相手にひたすら悪戦苦闘していた。 「…大丈夫?わかんないとこあったら。遠慮なく何でも訊いてくれていいよ?」 前のめりに屈んで真剣に小さなスクリーンに見入るわたしを案じたのか、呑気な声を横から気楽にかけてくれる神崎さん。その呼びかけにようやく我に返り、わたしは顔を上げて知らず知らずのうちにがちがちに固まってしまっていた肩を上げ下げして解した。 「ありがとうございます。…いえ、どうしてこの表面に指を滑らせるだけで操作できるのかがやっぱり、いくら考えても不思議だなぁと。あと、めちゃくちゃ便利なものなのはわかるんですけど。一体何に使えばいいのかがわかんない…。わたし、やり取りする知り合いもいないし。一人で外に出かけることもないから…」 このスマホは高橋くんが早々と新規で契約してくれた。もちろんわたし自身には戸籍も住民票もないから個人名義では契約できない。だからこれは名義上、事務所の所有ってことになってる。 「将来的にいつか、純架にも正式に戸籍を持つことが認められる日が来たら名義を変更すればいいしね。スマホって自分の必要な情報とか履歴が蓄積されるから、戸籍取れたからじゃあ新規で!って簡単にはいかないよね。中身はちゃんと引き継ぎたいし」 そんな風に理解ある彼面でまっさらな新品のスマホをわたしに渡してくれて、とりあえず高橋くん自身の番号とアドレスを登録。 カンちゃんにもあとで登録してもらいな、と言いつつさっさっとLINEのアプリを入れて自分のスマホを取り出してID交換を済ませてくれた。 練習にと言ってスタンプを送るやり方を手短に教えてくれて、それは面白いから調子に乗っていくつも高橋くん相手に送って遊んではみたけど。…気づくとあと次に、これでわたしは何をすればいいのか。一向に見当がつかない…。 「…まあ、普段仕事の上でも何でもちゃっと調べ物したいときにわざわざパソコン開かなくても、大体のことなら手軽に検索できるからやっぱ便利だよ。もう手癖というか、慣れだね。検索エンジンは登録してる?」 GoogleかYahooだけど、これは好みかなぁ。とわたしからスマホを受け取り、ぶつぶつ呟きながら何か操作している。 「ほら、このSafariをタップして。ここをこうすればルーペのマークが出るよね。そこに文字を打ち込んで、改行。…ほら出た」 何で『ポケモン』で検索かけたのかはわからない。たまたま仕事しながらゲームのこと考えてたのかな。何はともあれ、次の一瞬わっといっぱい下までずらずらと検索結果が並んだ。そのいくつかをタップして内容を表示して見せてくれる。 「知りたいことや興味あることは何でもこうやって気軽に調べてみればいいよ。仕組みなんて使うこっちは深く考える必要ない、端末ってそういうもんだからさ」 中学生も子どもも当たり前に使いこなしてるよ。もう彼らにとっては生まれたときからあって当然の日常のものだからね、と平然と片付けてそれをわたしの方へと返して寄越すけど。 「文字の打ち込み方が。…パソコンと全然違う…」 まずそこでお手上げ。何で、ひらがな入力なの?おまけにこの並び、何? 「あーそれは。フリック入力って言ってね。…いや、キーボードローマ字入力にしようと思えば別に全然できるよ?両手で打つわけじゃないからそれはそれで、やっぱり慣れが必要だけど」 やってあげようか。と気軽に手を出してくる神崎さん。わたしは束の間悩み、結局首を振って画面に視線を落とした。 「うーん…、やっばいい。どのみちローマ字入力も大して慣れてるわけじゃないもん。スマホにはこっちのやり方の方が。サイズ的にも合理的でむしろ便利、って仕様なわけでしょ?」 「そうだね。慣れるとめちゃくちゃ速いよ、確かに。JKとか電車の中で目にも停まらぬスピードで一心不乱に打ち込んでるし…」 じぇいけー? スマホの操作に慣れたかったらアプリ入れてゲームするのが一番早いよ。と言われてお勧めのものをいくつか見繕ってもらう。あとは日常的に手に取る習慣がつくから、と言って電子書籍のサイトに登録してくれて、好きなコミックでもそこで買うといい。とアドバイスをもらった。 「事務所の名義のカード登録しといたから。これで興味のあるの、何冊か試しに買ってみなよ。画面小さくて最初は読みにくいと思うけど案外慣れると気にならなくなる。指でピンチアウトして台詞拡大もできるし」 「…ぴんちあうと?」 漫画読むなんて仕事でもないのに、事務所のお金使うのは…。と躊躇したけど。神崎さんはそんなの気にする必要ないよ。とあくまであっけらかんとしてる。
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