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「よう」
背後の暗闇から声を掛けられ、思わず肩が震えた。
「真木、先生」
「もう誰もいねぇよ」
堅苦しい呼び方をするなと言いたそうに、ジャージのポケットに両手を突っ込んだ真木がそこにいた。先ほど解散した学年団に挨拶する気はなかったらしく、駐車場の植え込みに隠れるような位置に立っていた。
「ここで何してるの。仕事?」
違うと分かっていながら聞いてみる。
「お前を待ってた」
内心「そうだろう」と思ってしまう自分が嫌になるが、残念ながら真木という男はそういう人物だった。
「今からお前んち行っていい?」
「今から?」
とりあえず断ろうと思うものの、何やら言いにくい空気が安西を支配する。それは真木の熱視線からなのか、あるいはもう少し誰かと一緒にいたいと思う寂しさからなのか。自分でもよくわからない。
ついさっきまで学年団を離れて一人になりたかったのに、真木といる今が不快でないことだけははっきりしていた。
「まだ九時じゃん。明日休みだし、もう少しいけるだろ」
右往左往する安西の気持ちに助け船を出すかのように、真木のひと押しが上手いタイミングで入れられる。
「そう、だな。じゃあちょっとだけ」
「決まり」
真木は嬉しそうににっこり笑った。
「ん、鍵かして」
鍵というのは、車のキーを指しているのだと、自身の車に近付いていく真木を見てぴんときた。
「真木が運転するの?」
「だってお前、飲んでんだろ?」
「飲んでるけど。ここにはどうやって来たんだよ」
「走って来た」
「走って?」
もし自分に会えなかったらどうするつもりだったのだろうと思うと吹き出してしまう。それを言い切らないうちに鍵を奪い取られ、車に乗り込まれてしまった。
こうなったら余計なことは言わずに従うのみだ。
「発車しまーす」
真木はふざけて楽しそうにしている。その明るさに救われていたのも事実だ。
結局、コンビニ寄って酒や摘みを買い込み、通常の所要時間の倍ほども時間をかけての帰宅となった。
「へぇ、綺麗にしてんだな」
真木を部屋に通すのは初めてだが、初めてのような気がしない。それくらい、真木は自然にその場にいた。
「あ、いいからビール飲もうぜ」
電気ケトルに手を伸ばす安西を制して、真木はコンビニの袋から缶ビールを取り出す。
ローテーブルの前の向かい合う位置に安西が腰を降ろしたところで、真木は「乾杯」と言ってビールの缶を傾けた。
「乾杯」
遅れて缶を開ける安西も真木に倣う。
「はぁ……週末のビールは美味いな」
「週末じゃなくても美味そうにするだろ。初任研の時なんか――」
言葉が途切れる。気まずい沈黙も、真木は気にせず自分のテンポを守って喋り続けた。
「確かに。正採用になってから、いろんなことがあったからな」
真木の言葉を聞きながら、今こうして真木と向かい合って談笑している自分が滑稽な気がした。
「なあ安西、お前まだあのこと――」
びくんと肩が震えた。不本意だった。もう気にしていないふりをしていたのに、すべて打ち壊されてしまった気がした。
カツンと音がして、真木が缶をテーブルに置いたのが分かる。
心臓がどきりと鳴った。
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