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「なあ、本当のことを教えろよ」
真剣な真木の眼差しが、異様に強く鳴り響く鼓動をいっそう速めた。
「本当のことって、なに」
やっとの思いでそれだけ言った。今夜はもう、酔う気分ではない。安西も缶をテーブルに置く。
「こんなことになった本当の理由――いや、そんなことはもうどうでもいい」
そっぽを向いてため息をつくように真木は言った。
「本当に知りたいのは、お前の気持ちなんだ」
「僕の気持ち?」
アルコールのせいか、顔が熱い。同時に、じわじわと左腕の肘辺りが熱を帯び始めた。
「答えろよ」
床を睨んでいた真木の視線が持ち上がり、今度は安西を睨む。
「そんなこと、どうして真木に言わなきゃいけないんだよ」
安西も負けじと言い返す。
「言っただろ。校長に呼ばれて、保護者とも和解して、ぜんぶ解決したって。僕だって忘れたいんだ。あんなこと、思い出したくないんだよ」
「だったら、忘れさせてやろうか」
これ以上ないくらいに驚いた。それまで明るく振る舞っていた真木の態度からは想像もつかないほど重く、暗い言葉だった。
その時、どんな顔で彼を見ていたのか自分でも分からない。ショックを受けていたのは間違いない。
それでも真木は目を逸らすことなくじっとこちらを見つめていた。
「どうなんだよ」
「どうって……」
片膝を立てて座っていた姿勢から、四つん這いになる真木。そのままじりじりと距離を縮めてきた。
「ちょっ……何する気」
「言っただろ、忘れさせてやるって。俺は本気だぜ」
二人の距離がぐっと縮まった時、真木の腕がすっと伸び、安西の胸倉を掴んだ。
「やっ……離して」
抵抗するも、その手はしっかりとワイシャツの胸元を掴んでいて、引きちぎられたボタンが飛び散って床を転がっていった。
「変なこと考えるのはやめろよ。気でも狂ってんのか」
「狂ってるって言うんなら、だいぶ前からな。待ってたんだぜ、お前があのことを忘れたくなる日がくるのをな」
胸元を掴んでいた手が解け、代わりに両方の手首を封じられる。同い年の男なのに、安西にはまるで抵抗できなかった。
「真木っ……離せ!」
床に押し倒され、組み敷かれてぞくっとした。自分を見下ろす目が、異様な光を放っていた。
「真木……」
「安西、お前が好きだ」
苦しげに吐き出した台詞と同時に、熱い吐息が耳に掛かる。
「忘れたいんだろ。俺で忘れたら、ラクになれるだろ」
「ちが……こんなの、こんなの違う」
自分でも何が言いたいのか分からない。ただ胸に浮かぶのは、もう触れられない温もりにすがりつく気持ちだけ。
忘れたいなんて嘘だ。本当は一秒でも忘れたくない。忘れてしまう日がくるなんて想像もしたくない。痛みを忘れる日が来るくらいなら、死ぬまで悶え苦しみ続けている方がいい。
「嫌がってるだけじゃ分かんねえだろ! 何とか言えよ!!」
ぐっと手首に力を込められる。振りほどこうと腕に力を入れたとき、ぼんやりと熱を含んでいた左肘に鋭い痛みを感じて声を上げた。
皮膚と皮膚が引っ張られ、引き裂かれるような痛みだ。思わず右手で肘を押さえ、呻き声を噛み殺した。
「この傷、まだ消えないんだな」
落ち着きを取り戻した真木が、痛々しい顔で肘を撫でた。大きなミミズが這うように、皮膚がぷっくり盛り上がっている。
「もう忘れろよ。前に進まなきゃいけない日が来るんだよ」
仰向けになった安西を組み敷いたまま、真木の白い手がゆっくり動いてワイシャツのボタンを外していく。細い首、くっきりと浮き出た鎖骨、そして滑らかな胸が少しずつ露わになる。
「好きだ。もう、お前が苦しむのは見たくない」
真木の熱い唇が首筋に当てられ、やがて下へと移動する。唇が鎖骨まで下りたとき、きゅっと吸い付くのがわかった。抵抗したいのに、真木の言葉が呪縛のように体の自由を奪う。
「前に進まなきゃいけない日が来るんだよ」
本当にそうだろうか。今がその時なのだろうか。今ここで真木に抱かれたら、忘れて前に進めるのだろうか。
真木の手がズボンのベルトに到達した時、左腕に違和感を覚えた。先ほどの痛みとは違う。誰かが優しく触れるような感触だ。
顔を動かして左腕を確認する。何もない。それでも確かに、感覚は生々しく残っている。
――また、あの感覚が甦ってきたんだ。
行為の最中、ずっと左腕を気にしていた。くっきりと残る傷跡を、愛おしそうに見つめていた。繋がれた下半身と同じくらいの熱を帯びた唇でキスされた、あの感覚――
「安西……」
悲しそうな真木と目が合った。
真木は密着していた体を離すと、同時に腕に込めた力も緩めて言った。
「そんなに忘れられないのか」
「え……」
間の抜けた声を出したのは安西の方だった。
真木は深く傷ついた顔をしている。それ以上に、傷ついた者を見る目で安西を見ている。
「まだあいつのことが、好きなんだな」
そこまで言われて、ようやく気が付いた。自身の瞳から涙が零れていることに。
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