祖父の死

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「おじいちゃんが死んだ?」 私は母の言葉を繰り返す。 「……ええ、今からお葬式よ。早く着替えてきなさい」 立ち上がった母はエプロンをソファに脱ぎ捨て どこかに電話をかけた。 そんな。 おじいちゃんが、死んだなんて。 信じられない。 祖父は糖尿病を患っていて入院していた。 けれど、祖父はいつも元気だったのに。 私は母に怒られるまで床に座り込んでいた。 制服に着替え式場に向かう。 襖を開けると黄色く変色した祖父が横たわっていた。 「弥生、菜風」 振り向くと祖母が黒い着物を着て立っていた。 親戚もいる。 「母さん、これはどういうことなの!? なんで、父さんが!! どうしてもっと早く教えてくれなかったのよ!!」 「……あなたは父さんと喧嘩してたから 言うべきか迷って……。ごめんなさい。」 「だからって」 「おい、母さんも辛いんだ。もうやめろ」 叔父の竜哉が間に割って入った。 母はハッとしたような表情を見せ、申し訳なさそうに項垂れた。 「ごめんなさい、母さん。」 「いいのよ」 祖母が寂しげに笑う。 「遅れてしまいすみません」 父が襖を開けて恐る恐る入ってきた。 「庄次郎さん、久しぶりね」 祖母が目を細める。 「久しぶり」 「あぁ」 両親はお互いの顔を見ることなく、挨拶を交わす。 離婚して初めて会うから気まずいのだろう。 「菜風も。久しぶり。中々会いに 行けなくてごめんな」 父が私の頭を撫でる。 子供扱いされてるようで恥ずかしい。 「もう、やめてよ」 父は苦笑いを浮かべる。 スタッフが入ってきて 遺影についての会議が始まったので私は 祖父のそばに行き座る。 生きている間は触ることが出来なかった頬を そっと撫でる。 冷たい。 温もりを感じられないのが悲しかった。 もう、おじいちゃんの温もりを感じることが できないんだ。 こんなことになるなら もっと話しかければ良かった。 もっと優しくしてあげれば良かった。 「ごめん、ごめんなさい、おじいちゃん」 返事はない。 それが余計に悲しい。 涙がおじいちゃんの頬を濡らす。 おじいちゃんは家族から嫌われていた。 ワガママで自己中で自分が病気だっていうのに 「もっと味の濃い料理を作れ」と祖母に怒鳴っていたという。夫婦仲は冷め切っていた。 でも、ハンカチで目頭を抑えている祖母を見ると 情は捨てきれなかったのだろうと感じる。 実家に帰るたびに祖父と喧嘩をしていた母も 疲れた顔をして終始項垂れていた。 控えめに肩を叩かれて振り返ると 従姉妹である真澄お姉ちゃんが 力の無い笑みを浮かべていた。 真澄お姉ちゃんは、私の二個上で現在大学生だ。 「突然、驚いたでしょ」 優しい声音のお姉ちゃんに涙腺が緩む。 「嫌われ者のおじいちゃんだったね。 あたしも嫌いだった。でもたまに見れるおじいちゃんの笑顔……大好きだった」 真澄お姉ちゃんの顔が泣きそうに歪む。 私も、おじいちゃんの笑顔好きだった…… 私は真澄お姉ちゃんの背中を優しく撫でた。 「家族って不思議だね。嫌いだったはずなのに、今はこんなにもおじいちゃんのことが恋しい。」 真澄お姉ちゃんは目尻をぬぐい微笑む。 「そうだね……」 瞼を閉じると祖父との思い出が 色鮮やかに蘇ってくる。 今、気づくなんてどうかしてる。 わたし、おじいちゃんのことこんなにも 大好きだったんだ。 「おじいちゃん、今までありがとう。 ずっと、言えなくてごめん。大好きだよ」 この言葉がおじいちゃんに届きますように。
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