祖父の死

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祖父の死

8月31日。 母のスマホがけたたましく鳴る。 台所で洗い物をしている母は、 気づいている様子がない。 私はお母さん、とソファに寝そべりながら声を掛ける。 母は背中を向けたままだ。 水の音で聞こえていないのだろう。 「仕方ないなぁ」 私は母のスマホを手に取り重い腰を上げる。 「お母さん、電話!」 耳元で声を上げると母は驚いたように身体を震わせ、蛇口をひねって水を止めた。 そして、私の顔を見て軽くため息をつく。 「菜風(なのか)、大きな声を出さないでよ」 「仕方ないでしょ、 お母さん気づいてなかったんだから」 私はふきんで手を拭いた母にスマホを渡す。 「まったく、こんな時間に電話なんて……」 そう文句を言いながら応答ボタンをスライドしスマホを耳に当てる。 私はそれを見届け、またソファに寝転んだ。 テレビではお笑い芸人がドッキリにかけられて 悔しそうに叫んでいる。 母が電話をしているので 邪魔にならないよう笑い声を抑える。 「あぁ、母さん。どうしたの?」 どうやら祖母からの電話らしい。 「……え? 何言ってるの、母さん」 明らかに母の声のトーンが下がったので見ると 顔がこわばっている。 どうしたのだろう。 何かあったのだろうか? 「そんな。なんでいきなり……分かったわ。 今から行くから」 母は電話を切り、ぎこちなく振り返る。 「菜風、今すぐ制服に着替えて」 母はこわばった顔のままだ。 さすがに私も不安になる。 これから制服に着替えてどこに行くというのだろう。 学校に呼び出されたとしても、呼び出されるようなことをした覚えは無いし、もう9時を過ぎている。 こんな時間に呼び出すことがあるだろうか。 「お母さん、どうしたの? おばあちゃんの 電話は一体何だったのよ」 母は力が抜けたように崩れ落ちた。 「ちょっ大丈」 「父さんが……死んだって」 「……え?」 思考が停止する。 母は顔を上げ、今にも泣きそうな顔で私を見つめた。 「おじいちゃんが……おじいちゃんが死んだのよ」
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