1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
お母さんへ、明日の朝メシ
ある夏の朝。7才になった息子ともかずから、私宛の手紙。毎晩寝る前に、ともかずは私へ朝ごはんのリクエストを手紙にして書いてくれる。一生懸命、可愛らしい字で毎日書いてくれる。
昨日のともかずから今日の私への手紙。私にとってそれは家族の誰も知らないともかずと私だけのヒミツの交流。
毎朝、私が起きてともかずのベッドへ行くと、枕元にその手紙は置いてある。
(さぁ、今日の朝ごはんは何かしら?)
『おかあさんへ、あしたのあさめし、おさかなごはんね! おちゃもね! あした、7じにおこしてね』
とも より
(うふふ。了解! おさかなごはんね!)
私はうでまくりをし、エプロンをさっとつけると、早速朝ごはんの支度に取りかかった。
おさかなごはんとは、カレイの煮付けを、小骨を取りのぞき、白身をごはんの上にのせたもの。ともかずの好物だ。だが、それだけなのはいかがなものかと、私はにんじん、大根、さらに白菜と油あげが入った栄養満点のお味噌汁をそえる。
(よーし、できた。時間はそろそろ7時だ。ともを起こしに行こう!)
ともかずは、てくてくと起きて来ると、おさかなごはんを見てにっこり。
「うわぁ~おさかなごはんだ♪ いただきまーす!」
「めしあがれ」
ともかずは元気にパクパク食べ始めた。
「おいしーい!」 パクパクパクパク。
「うふふ。ありがと!」
ともかずは朝から大満足。その姿を見て、私も大満足だった。
ある夏の朝。10才になった息子ともかずから、私宛の手紙。
『お母さんへ、明日の朝メシ、昨日の夜と同じカレーね! お茶もね! 明日も7時に起こしてね』
ともより
(うふふ。はーい! 朝もカレーね!)
私はうでまくりをし、エプロンをさっとつけると、早速朝ごはんの支度に取りかかった。
カレーとは、うちのともかずの場合、カレーのルーとライスがハーフ&ハーフではない。色も味も均等になるようによくまぜて食べるのだ。
(そういえば、誰の影響でこうやって食べるようになったんだ? あ、そうそう、栄養満点の特製のお味噌汁も作らなきゃ!)
× ×
(よーし、できた。時間はそろそろ7時だ。ともを起こしに行こう!)
すると、カレーの匂いにつられてともかずが元気に起きて来た。
「やった〜! カレ〜♪ カレ〜♪ 今日〜もカレ〜♪」
ともかずは、いただきますをすると、さっそくカレーのルーとライスをまぜて食べ始めた。
すると、続いてお父さんが眠たそうに食卓へとやって来た。
「おー、朝からもカレーかー」
「お父さんにもカレー用意しているわよ。はい、めしあがれ♪」
「サンキュー♪」
お父さんは、お母さんから皿に盛られたカレーを受け取ると、ともかずと並んでカレーをモグモグと食べ始めた。
二人の姿を見て、私は大満足だった。
(あっ、お父さんカレーまぜてる……)
ある夏の朝。13才になった息子ともかずから、私宛の手紙。
『お母さんへ、
明日の朝メシ、納豆卵かけご飯ね! お茶もね! 明日はれいなと一緒に野球の朝練行くから6時半には起きるよ!』
ともより
(了解。6時半か! そして、ともの好きな納豆卵かけご飯ね!)
毎日書いてくれるともかずから私への手紙。いつになっても、こうしたともかずとの日々の手紙はうれしいもの。
そして、その手紙は親子のつながりや成長も感じることができる私とともかずだけのヒミツの交流。
(ところでともかず……れいなって??)
私はうでまくりをし、エプロンをさっとつけると、早速朝ごはんの支度に取りかかった。
(さぁー今日も頑張るぞー!)
納豆卵かけご飯とは、卵かけご飯の上から納豆をかけただけの簡単で栄養満点の朝ごはん!
ともかずは食べ盛りなので、ご飯を少しだけモリモリと注ぐ。でも、それだけじゃまだ物足りないから特製のお味噌汁もね!
(よーし、できた!)
時間はそろそろ6時半。すると、のそーり、のそーり、と眠たそうなともかずが起きてやって来た。
でも、ともかずは納豆卵かけご飯を見るとにっこり。
「お母さん、はらへった~! いただきま~す!」
ともかずは箸を手に取り、納豆卵かけご飯をカッカッカッと口の中へ急いでかきこむ。
「ほら~とも、よく噛んで食べなさいよ」
「わかってるって」
カッカッカッ。
「ごちそうさまー!」
ともかずは、ちゃっちゃかと準備をすませると、元気よく家を飛び出していった。
「行ってきまーす!」
「ともー! 顔は洗ったの?」
「うーーん! たぶん~」「もーう」
ともかずの元気に駆けていく姿を見て、私も良い気分にしかなれなかった。毎朝が楽しみでうれしかった。
私の心の中に生えた芽は、順風になびいていた。
ある夏の朝。15才になった息子ともかず。
もういつからか手紙は来なくなった。
一応毎朝、寝ているともかずの枕元は確認する。でも、いつからだったか。もう来なくなってから随分経ったと思う……。
朝7時20分。
「ともー! 起きなさい、学校遅刻するわよ!」「……あと5分」
ともかずをやっと起こすと、食卓にのそり、のそり、とやって来た。
今日の朝ごはんは、トーストと目玉焼き、それから特製の……。
パクッ、もぐもぐもぐ……。パクッ、もぐもぐもぐ……。
「とも、ちゃんといただきますは言った?」
「うーーん。(もぐもぐ……)」
ともかずは、朝ごはんをすませるとしれーっと家を出て行った。
「ともー! ……(はぁ~)」
すれ違い、どんどん変わっていってしまうともかず。心配な気持ちと、寂しさで私の心の中の芽はどんどん弱っていく……。
ある夏の朝。18才になった息子ともかず。
遂に今日の朝、東京の大学に進学するため、家を出ていく。
手紙はなかった。
何もなかった……。
ともかずは朝ご飯も食べずに、あっさりと家を出て行った……。
ある夏の朝。
ともかずのいない夏の朝。
何もない夏の朝。
ただの夏の朝。
活力のない私の芽。
ーー 4年後 ーー
東京で就職したともかず。時々、家に帰って来ることはあった。
でも、あの頃のような 手紙 はもうない……。ともかずはもう子供ではない。大人になったんだ。それはわかっている。けど……。
私は、ともかずとの 繋がり がなくなってしまうことが何より怖かった。それだけではない。この先自分がやりたいこと、やるべきこと、生きていく意味をなんだか見失っている気がする……。
ーー それから2年後 ーー
ともかずは結婚した。(まさか、ともが結婚なんて……)
時が経つのを改めて早く感じた。でも、我が子の幸せは私の幸せ。
同年に行なわれたともかずの結婚式。
感動のラストは両親への手紙。
だが、手紙は新婦からのみで、新郎ともかずからの手紙はなかった……。
ーー それから1年後 ーー
ともかずに子供が生まれた。私にとって初孫の誕生というともかずからのめでたい知らせを聞いた朝は、なんだか実感のないフワフワとした不思議な気分だった。
私の心の中には、再び小さな芽が生えたかのような感じがあった。
だが、新型コロナウイルス流行の影響もあって、その1年後にようやくともかずは、お嫁さんと息子を連れて家に帰ってきた。
久しぶりに会うともかずとお嫁さん、そして初めて会う孫ちゃん。
私の心の芽に光が差した。
その日の夜、ともかずたちは旅の疲れが溜まっていたので、先に寝てしまった。私もなんだか久しぶりに疲れてしまって、いつしか深い眠りについてしまっていた……。
次の日。私はよく寝てしまい、いつもより遅く起きてしまった。(疲れていたのね……)すると、私のベッドの枕元に1枚の手紙が置いてあった。
(なにかしら、これ……)
手紙をめくる
『お母さんへ、今までなかなか自分からは恥ずかしくて言えなかったけど、気づけば俺ももう大人になって、結婚もして、さらには子供までできて、家族があって、この頃ようやく親のありがたみを知ったよ。お母さんには今までとても苦労をかけていたんだなと思った。本当にごめん。でも、過保護すぎるくらい大切に、大切に育ててもらって、でもそれがとても嬉しくて。おかげで俺も成長できたと思うよ。これからは家族みんなを、お母さんのことも、ずっと大切にしていくから。ありがとう』
... PS.
『お母さんへ、明日の朝メシ、俺が作るね! 昔、お母さんが作ってくれたような美味しいごはん作ってみせるから、任せてね!』
ともかずより
台所の方から、コトコトコト、カタカタと音色を奏でるように、朝ごはんの音がする。こんな朝はいつぶりだろうか。
ここずっと目の前にかかっていた暗い何かが、両手を広げるように左右へと開き、消え失せたかのように、今は目の前の世界が、夏の大きな青空が太陽によって輝いて見える。
私の心の中の芽は、今まさに満開だ。
えがわ ともひろ より
(終)
最初のコメントを投稿しよう!