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8月も終わろうというのに、残暑はまだ続くようだった。蝉の鳴き声も、何なら今から夏を謳歌しかねないほどの勢いだ。
あたしはげんなりして謙先輩に尋ねた。
「これがあと3日続くの? 大丈夫?」
「うん。まあ、扇風機で凌ぐよ」
彼は何でもないことのように、でも、あたしに対しては申し訳なさそうに答えた。少し旧式の扇風機は、久しぶりに役目を与えられて張り切っているようだ。
先輩と付き合いだして、初めての夏。
会社の夏休みに、ふたりで沖縄に行った。
『お揃いでこれだけ日焼けしてたら、バレるよな』
先輩は楽しそうに笑ってた。
社内恋愛は毎日相手の顔が見える嬉しさもあり、時々気を遣うこともある。
あたしは将来父の会社を継ぐことになっていて、それは先輩にも話してある。先のことはわからないけど、彼にずっと隣にいて欲しいと思っているし、彼もそうであって欲しいと願っている。
恋愛初心者のあたしは、全てが体当たりだ。
不安はあっても、一緒にいる時は先輩がいつも嬉しそうにしてるから、最近は「まあいいか」って思えるようになった。
旅行は最高に楽しかった。
ホテルの部屋も食事もとても素敵だったし、レンタカーで出かけた先の景色もまだ瞼の裏に残っている。ジンベエザメの大きさに圧倒され、修復された首里城に胸を撫で下ろした。
そして、最終フライトで帰ってきた翌日のこと。
エアコンが突如として壊れてしまった先輩の部屋で、あたしたちは途方に暮れていたのだ。
修理の予定は3日後。
私は今日 自宅に帰るけど…
実家暮らしのあたしの部屋に、彼を呼ぶわけにもいかなかった。先輩は、「アイスと西瓜と素麺で涼をとる」とアクシデントを楽しんでいるようだった。
「あ。こんなのが残ってた」
お土産を整理していた先輩が、一枚の紙片を見せた。向こうのコンビニで買った時のレシートで、下の方に何か書いてある。
切り取って使えるレシートクーポンが、二枚あった。
「アイスクリーム半額だって。今日までだ」
「何でもいいの?」
「そうだね。メーカーも値段の制限もないみたい」
「じゃあ、新発売のあれがいいな。CMで見たやつ」
普段は高くてコンビニでは買わない、有名メーカーのアイスクリーム。イタリア栗のタルトという響きがよみがえり、あたしはまだ見ぬアイスに思いを馳せた。
「もうすぐ昼メシだな。コンビニ行くついでに、買ってこようか」
「うん。ありがとう。洗濯機回しとくね」
彼が出かけるとあたしは洗濯物を選り分けた。ホテルでゆすいだり、消臭スプレーを施したりしたけど、この暑さで汗もかいたままだから、すぐにでも洗ってしまいたい。
先輩と過ごしたこの数日を思い出して、一人で浮かれながらあたしは作業を続けた。
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