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玄関の鍵が開いて、先輩が戻ってきた。
「梨奈」
「なに?」
「あのさ、アイスは君の分だけはあるから、冷凍庫に入れとくね」
半額なら2つ買っても1つ分の値段だから、と言っていたのにどういう意味だろう。
「売り切れ?」
「じゃないけど…。小学生くらいの男の子が困っててさ」
その子はガリガリの氷菓を買おうとしたのだが、消費税分のお金が足りなくて、レジで泣きそうになっていたらしい。
「そんな悲壮な顔しなくてもと思ったんだけど、本人にしたら大事だったんだろうな」
先輩が見かねてクーポンを一枚差し出すと、彼はたちまち笑顔になった。
『お兄さん、ありがとう!』
「お礼を言われるほどの額じゃないのにね」
「お金の問題じゃないよ。自分の食べたいアイスが食べれたんだから。謙さんの気持ち、すごく嬉しかったと思う」
何だかあたしまで嬉しくなってしまった。
先輩もほっとしたように笑った。
「なら、いいんだけど。だから、後でちょっとだけ味見させて」
「あたしがもうひとつ買ったげる。それか、違う味にしてシェアしてもいいよ」
今度はふたりでコンビニに向かった。
先輩はさっきと同じアイスを選んだ。
「サンキュ。何だかんだ、食べたかったんだよな」
はにかんでいる彼が、とても愛おしくなる。
「謙さんの優しいとこ、大好き」
「僕は梨奈の素直なところと、こういう男前なとこが好きだよ」
「そこ…?」
「うん。だって将来は社長だもんな。僕には到底務まらないけど、君を全力でサポートすることは出来るから」
そう言って先輩は視線を逸らした。
でも、頬は少し赤くなっている。
それって…
入り口の少し陰になったところに男の子が立っていて、あたしたちに向かって手を振った。
「おにーさんっ」
「おー。どうしたの」
「会えてよかった。これあげたかったんだ」
男の子が手に持っていたものを差し出すと、先輩の口元が緩んだ。
「いいの? もう一回食べられるのに」
「僕はもう食べたから。カノジョさんにもあげて」
「ありがとう」
先輩は当たりのバーを嬉しそうに受け取った。男の子は笑顔で駆けていった。
やっぱり
この人を選んで よかったな
「そういや、沖縄のお土産にもアイス買ってたのを忘れてたな…」
先輩がくすくす笑いだした。
宅配便で今日にも届くはずだ。
「冷凍庫がアイスで一杯になるね」
「部屋が暑いから、ちょうどいいんじゃない?」
茹だるような外の気温と同じ部屋で。
初めての眩しい日々を思い出しながら、アイスで夏を締めるのも悪くない。そのうち空の色が淡く澄んで来て、涼しい風が吹き始めるだろう。
そして、あたしと先輩の新しい季節が続いていくんだ。
これからも、ずっと。
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